月別アーカイブ: 11月 2016

秀次談義

11月15日、琵琶説教の復帰として、地元 近江八幡で 豊臣秀次公の物語を語らせていただきました。本来 11月1日に開く予定でしたが、手術のため、泣く泣く延期の運びとなったのです。担当役員の皆様、そして、楽しみにして下さった方々には 多大なご迷惑をお掛けしましたが、無事に勤められ安堵しています。 今回の延期公演は、奉職寺院での休み(火曜日)に合わせて 15日になった訳ですが、丁度、秀次公の月命日に当たりました【 文禄4年7月15日寂 】。また(講演中に思い出したのですが)披露した『秀次物語』は、平成19年11月15日に完成し、秀次公の墓(京都・木屋町三条の瑞泉寺)に楽譜を奉納をさせていただいてたのです。あれから 丁度9年。” たまたま ” といえば それまでですが、偶然とは「然(しか)るべくして、人と禺(あ)う」と書きます。急性垂炎も意味があったんだなぁ・・・と良い方向に考えたいと思います。(今回 参れなかった御寺院さまには、次回があれば 懸命に勤めさせていただきますm(._.)m) 講演内容は、前に用意した原稿を すべて作り替えました。今回 ” 切腹(手術)” した体験から(笑)、” 人の死 ” ということに焦点を置き、辞世の句【人生の最期に残した おもい】の比較から、秀次公の偉大さをお伝えしました。 石田三成公の辞世の句(「真田丸」では 山本耕史さんが演じた武将) 「筑摩江(つくまえ)や  芦間(あしま)に灯(と)す かがり火と  ともに消えゆく 我が身なりけり」 筑摩江(現在の米原)の辺りで、三成公が処刑される前に、「ああ、あの芦(あし)の間に燃えているかがり火が やがて消えていくように、自分の命も もうすぐ潰えてしまうのだな」と、死に際に半分のあきらめと 半分の覚悟のこもった詩だと云われます。 天下人、太閤・豊臣秀吉公の辞世の句 「露(つゆ)とおち 露と消えにし わが身かな 難波(なにわ)のことも 夢のまた夢」 天下を統一した、関白になった、大坂城を造り、聚楽第を築いた、金と女にたわむれて遊びまくった … … 続きを読む

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手術

前回のブログから2週間が経ちました。今、私は療養しながら ブログを記しています。実は、先月27日に急性垂炎の手術をしました。当日夜間、腹痛が治まらず病院に行ったところ、盲腸が数倍腫れあがっており、石のようなものが いくつも発見され、その日のうちに手術を施していただきました。これもご縁です。素晴らしい医師が担当して下さったため、術後も順調に回復し、感謝 感謝です^^。 こういうことがあると、日頃の自分が見直せます。私は現在、西願寺の住職、奉職寺院の主任、琵琶説教と様々な立場で動き回っています。大半は京都の奉職寺院で勤めていますが … 思えば 前回のブログからでも、檀家の葬儀、400人規模の琵琶説教が2ケ所、近江八幡市内 寺院の晋山式と落慶式、隣寺の12年に一度の法要の出勤等々、有休を取りつつの 分刻みスケジュールでした(汗)。また 手術をするにあたり、半月分の琵琶説教のお断りが7ケ所、さらに 法事や来客等への延期やお詫びの電話をしていると 手術間際になり、激痛さえ忘れてしまう程でした(笑)。そして 手術も成功し、やっとゆっくりできると思っていたのも束の間、翌々日に総代様のご尊父の往生で、京都から早期退院をし、お葬式の導師を勤めさせて頂きました。 文字にすると生々しいですが、忙しさというのは、誰でも こんなものじゃないでしょうか。しかし、自らの力で どうしようもできなくなった時、周りの手助けの有り難さを知ります。一人で生きているんじゃないんだと・・・。この手術で 様々な方にご迷惑をかけしましたが、その分、弟子や部下も育ち、また私自身も 己を見つめる時間をいただきました。 日本列島は急に冷え込んできました。木枯らしが吹いています。こんな日は、子供の頃にやった凧揚げを思い出します。タコは 逆風(向かい風)が吹いている時、グンと高く飛ばすことができます。逆に 追い風の時は 高く飛ぶどころか、飛ぶことさえも難しいのです。逆風(向かい風)を うまくとらえることが、凧揚げのポイントだったことを思い出します。人生を見ても、逆風の時、自分に対して負荷がかかっている時ほど、大きく成長していく時期だと思います。この縁を大切に、” 反省・感謝・報恩の精神 ” で器を広げていく所存です。合掌

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