守破離

10月です。新年度から丸半年が過ぎました。皆さん、新しい環境になじんできて、別の悩みが出てきた頃じゃないでしょうか(笑)。今年 奉職寺院に入山した修行僧は、うまくモチベーションを保ちつつ 精進しています。

ただ 近年の修行僧は、時間に耐えれず 1、2年で退こうとする傾向にあります。3年程して やっと奥深さが見えてくるんですが …。現代教育の影響なんでしょうか。皆さんの環境でも 新参者がズケズケとマニュアルを作り、合理化を図ろうとしませんか?。あろうことか 修行僧でも入山していきなり、住職の立場で寺院を動かそうとする者がいます。伝統を無視して いきなり自分のやり方に変えようとする・・・新人の押し付けなんて 誰も聞かない・・・周りが付いてこず イライラする・・・退山をカードに 和を乱す・・・三毒煩悩(貪り→怒り→愚痴)のスパイラルに見事はまってしまうのです。こうなったら誰の助言も耳に入りません。修行のやり直しです。真理は 心の三薬(反省→感謝→報恩)だと 口を酸っぱく指導するんですが … 残念なことです。

日本には 昔から ” 守・破・離(しゅはり)” という言葉があります。意味を調べると、「まずは師匠に言われたこと、型を「守る」ところから修行が始まる。その後、その型を自分と照らし合わせて研究することにより、自分に合った、より良いと思われる型をつくることにより既存の型を「破る」。最終的には師匠の型、そして自分自身が造り出した型の上に立脚した個人は、自分自身と技についてよく理解しているため、型から自由になり、型から「離れ」て自在になることができる」とあります。

まず若者は ” 郷に入れば郷に従え ” です。型を作ることで 同時に器が広がっていくのだと思います。型にはまると「個性が死ぬ」という屁理屈は、忍耐力のない者の言い訳です。ものごとには段階があります。 ” 教えを守る段階(守) ” → ” 自主性と調和する段階(破) ” → ” 個性を発揮する段階(離) ”。何事にも言えることですが、まずは型を守ることが大切です(それで己を知ります)。優れている人から徹底的に学び、真似ることです。個性はその後、力を発揮します。順番を間違えないようにしないといけません。

今回は 修行僧 育成目線のブログでしたm(._.)m。私も自戒をしながら精進していきまーす\(^O^)/。合掌

♪ あわてない あわてない、ひとやすみ ひとやすみ 

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