幸福とは

先日、先代の3年忌を迎えました。早いものです・・・あっという間に私も40代。報恩の誠を捧げつつ、自らの現状を振り返ってみました。住職となり、奉職寺院では融通を利かせていただける立場となり、琵琶説教では各所からお招きを受けるようになり、家族元気で、息子達も寺の手伝いをしてくれています。これは先祖が喜んでくれるあり方を模索し続けた結果であり、すべては仏の見守りがあってのことだと感謝しています。しかし、望みが叶うと同時に 別の悩みや忍耐を抱える自分がいるのも正直なところです。うまく言えませんが、苦労一つとっても、昔は自分のことだけを考えれば満足でした。一つのことが終われば「そこでおしまい! 後は自分の時間 ♪」という刹那的な喜びで満たされてましたが、今は一つのことを勤め終えても、そこから責任が広がり、ずっと何かを背負ってる感覚です。大笑いもしなくなりました(笑)・・・年を重ねるというのはそういうことだと存じます。それを味わう年齢となりました。

『朝日新聞』が掲載した「100人の20世紀」に選ばれた一人に、ナイロンを発明した米国のウォーレス・カローザスという人がいます。彼は、ナイロンの開発で莫大な財産を築き、勤務先のデュポン社から破格の待遇を受けていました。その中には「生涯、どこへ旅行し、どんな高級レストランで飲食しようが、費用の一切は会社が持つ」というユニークなものまであったそうです。はたから見れば、うらやましい限りで、私たちが思い描く「幸福」というものをすべて体現したかに見えますが、彼は41歳の若さで自殺しているのです。もし、お金や財産に恵まれ、他人から高く評価され、地位も保証されることで幸せになれるのなら、カローザスの悲劇はありえません。

『小さいことにくよくよするな!』の著者で有名なリチャード・カールソンの言葉です。
私たちの頭の中は、どうしたら幸福になれるかという思いつきや計画でいっぱいだ。
夫や妻の態度が変わりさえすれば、
自分は幸福になれるはずだ、と信じ込んでいる。

支払いを済ますことができれば、
あるいは収入がもっと増えれば幸せがやってくると考えている。
子どもがもっとよい成績をとってくれば、
裏庭の雑草がこんなに速く伸びなければ、
あるいは時間がありさえすれば…。
望みはどんどん広がっていく。
そして、一つの望みがかなえば、別の望みを持ち出し、
この望みさえ実現すれば、
待ち望んできた心の平和が訪れるのだと考えるのである。
悲しいことに、望みがかなったとしても、
心の平和を感じていられるのはほんのつかの間である。
あなたの心は、最初に条件を作り上げたときと同じような働きをまた繰り返す。

ストレスを減らすためには、
望むものを手に入れて幸福にはなれないのだと、
理解する必要がある。
幸福に生きるための近道は、
穏やかな考え方を身につけることなのだ。
望むものを手に入れるか入れないかは、問題ではないのだ。

(『あくせくするな、ゆっくり生きよう!』 主婦の友社)

結局、この悟りは仏教で言う ” 諸行無常 ” を受け入れることに尽きます。人間界で望むものは、いずれは移ろいゆきます。壊れてしまう幸せです。どんなに楽しい毎日を送っている人も、いざ不治の病にかかり、病室で一人、死に向き合わねばならなくなると、すべてが無味乾燥に感じてしまいます。「諸行無常を知り、穏やかに過ごす」・・・お釈迦さまは、死んだらどうなるかわからない、後生ハッキリしない心が 平安を妨げるのだとお説きです。究極のところは、死んだらどうなるかわからない・・・この部分をクリアすれば、すべては明るく、崩れない幸福が待っているというのです。” この世の幸福 ”” この世とあの世を貫く幸福 ” 。この両輪を持つこそが本当に幸せな人になれるのです。そういう意味では、身内の死を偲ぶ法事は大切な時間ですね。3年前に往生した先代の命日から このようなことを 改めて学ばせていただきました。合掌

最近では 法事での先祖の偲び方も色々です。派遣型の僧侶が流行っているようです。                                  しかし、住職からしたら当たり前のことばかりで、よほど仏縁は得がたいんだと実感します。                                大切なことは、いかに ” この世とあの世を貫く幸福 ” を教えてくれる僧侶と出会えるかですね^^。

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気概

ご無沙汰してます。今月はじめてのブログとなりました。多くの皆様から心配のご連絡をいただき 恐縮しています。今月は 縁のある方、お一人お一人と真剣に向き合ってますと、1日24時間では足りない状態になりましたm(_ _)m

世の中は休養ブームです。アイドルグループ嵐の休養、スシローも従業員の要望に応え 一斉休業するなど、各々が時間を見直す傾向にあります。働き方改革も その風潮かもしれません。しかし 私自身は一週間(7日)のうち3日は西願寺、3日は奉職寺院、1日は琵琶説教の割合で、人の3倍動いています。正直、身体は強くありませんが、これを病気や事故がないことを前提に、休みなく続けています。いつでも心体が空いていることが 当たり前だと思われる存在です(笑)。損得勘定や時間に関係なく、家族を犠牲にしてでも心身を捧げる・・・現代の考えとは逆境しますが、これが住職であり 修行なんだと思います。人々が 高台寺で開発されたアンドロイド観音ではなく、生身の僧侶の説法が聴きたいとおっしゃって下さるのは、この気概の差ではないでしょうか。

イギリス生まれの児童文学作家、アンドリュー・マシューズの言葉が心に響きます。
直線が“最短距離”とはかぎらない。
この地球上においては、何事もスムーズな直線では進まないということです。
時に歩みを止め、
時に逆行しながら進んでいくのです。
潮が満ちてくる時、それは引いては返しながら、
少しずつ進んでいきます。
木の成長過程では、季節によって葉を落としながら、
そのたびに少しずつ縦に大きく伸びていきます。
葉を失い、自然と戦いながら、
木は大きく成長するのです。
ですから地球上の自然現象においては、
後戻りするように見えることも、
実は成長過程の1つの段階なのです。

(『人生の愉しみと成功の5つの決心』 三笠書房)

かっこ付けたことを申しましたが、やはり生身の身体です。できないことだらけです。マシューズ氏のお言葉どおり、本当に成果がでてくるのは 進んでは後戻りし、後戻りしてもあきらめず進み続けた時なんだと思います。少しづつ出来ることをしていきますので、今後とも宜しくお願いしますね^^。合掌

この姿も慣れてくれば、生身の僧侶よりも需要が出てくるかも知れません。
奈良のセント君がそうでした。当初の「気持ち悪い~」からの大人気・・・人の心も移ろいゆくものです。

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時間の使い方

松の内も終わり、本格的な年の始まりです。今年こそ 有意義な時間を過ごそうと思ってましたが、はや1月も終盤です。まさに猪突猛進の日々です・・・(汗)。

けい氏のブログで、気付きの言葉がありましたので ご紹介します。
引退しようとしているある高齢の大工の話を紹介しよう。
この話が私は好きだ。とても大切なことを語っているからだ。
その大工は、もうそろそろ家を建てる仕事をやめて、
妻と一緒にのんびり暮らそうと思った。
雇い主は、個人的な願いとして「もう一軒だけ建ててくれないか」と頼んだ。
大工は承知したが、真剣に仕事をする気はなかった。
粗悪な材料を使い、手を抜いた。
キャリアを積んだ優秀な職人の幕引きにしては、残念な仕事だった。
家は完成した。
点検にやって来た雇い主は、玄関のカギを大工に渡していった。
「この家はあなたの家です。私からのプレゼントです」
大工は、大ショックを受けた。ひどく恥ずかしかった。
自分の家を建てているとわかっていたら…たぶんもっと頑張っただろう。
私たちもこの大工と同じだ。毎日毎日、人生という家を建てている。
だが、建てていることに全力を尽くしていないことが多い。
そしてずっと後になって、自分がつくりあげた人生(建てた家)に
一生住みつづけなくてはならないことを知ってショックを受ける。
もう一度、やり直すことができたら、まったくちがうことをするだろう。
だが、その時はもう、後戻りはできないのだ。あなたに後悔してほしくない。
あなたも私も、大工のことを笑えない。
私たちは人生という一生住みつづける家をつくっているが、
果たして最善を尽くしているか…
「ベストを尽くせ」という言葉は耳にタコができるほど聞かされた言葉かもしれない。
それから「あと、ひと頑張りだ」という言葉も。
でも、もう一度いおう。
いま、取り組んでいることに全力を尽くすと、
思いがけないところから幸運がもたらされることが多い。
もうダメだとか、おしまいだとか思っても、
もうひと頑張りすることが何より大切である。
それをどうか忘れないでほしい。
あと、ひと頑張りだ!もう一歩だ!

(『読むだけで 運がよくなる77の方法』リチャード・カールソン 著 / 浅見帆帆子 訳 /王様文庫より)

自分がしている事は、自分のモノになります。頑張ったら、頑張った分、あなたのモノ。手を抜いたら、手を抜いた分、あなたのモノ。もう辞めるから・・・と言って作った家が、あなたへのプレゼントだったように、全てにおいて、24時間、あなたがしたことが、あなたに返ってきます。あなたはどんな時間の使い方をしますか?タイムイズマネーではなく、タイムイズライフ、時間は命です。

こうしている時間も、あなたの命を使っています。
人の一生を80年として、一日(24時間)× 一年(365)=8760時間
80年×8760時間 =700800(時間)
今月、私は44歳になりますので、誕生日が来たら385440時間になります。上手くいって平均寿命まで生きられたとしても、残りは315360時間。若い若いと言われても、半分は 当の昔に過ぎ去っています。自分は時間を何に使うのか?自分の命を何に使うのか?平成最後の正月です。どの方も変わるには もってこいの節目だと存じます。悔いの無いように頑張りましょうね。合掌

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修正会(平成31年)

新年、明けましておめでとうございます。平成最後の正月になりました。旧年中は ひとかたならぬご尽力をいただき、心より感謝申し上げます。また、本年も 相変わりませぬようお願い申し上げます。今年も元日の10時から修正会を勤め、壇信徒を始め、参拝者の一年のご多幸を祈りました。その時の法話を掲載します。

昨年に引き続いて、得度を受けた息子達が手伝いをしてくれました。彼らも中3と中1。思春期で、和服を着て、人前で声を出すのは恥ずかしいはずですが、素直に座ってくれるだけでも有り難いと思っております。このような土壌ができているのも、ひとえに、壇信徒様の西願寺に対する熱意のお陰だと思って喜んでおります。

さて、今回も新年にあたり、干支の話から入りましょう。今年の干支は何ですか?そう、亥年です。この字で「いのしし」・・・毎年申しておりますが、十二支の運勢でいえば12番目。結びの干支になりますので、一年を12ヶ月で例えると、今年は12月の運勢を表します。つまり12月ですので、育った果実の収穫が終わった後の段階で、春に向け手入れをしている時期が本年であります。ですので、今年は個人の結果を求めるより、今後につながる土壌作りをする時期だとお考え下さいませ。個人の結果よりも土壌作りが優先です。

また、干支の節目と同時に「平成」の終わりでもあります。どんどん新旧の価値観が統合されていきます。新しい流れに対して、どのような態度で臨むかも問われる年でもあり、このような転換期においては、「変えるべきこと」と「変えてはならないこと」を見極めて、取捨選択しなければなりません。亥は鼻がきく動物です。まるで農家の方と 猪との生きる為の知恵比べのような・・・時代に翻弄されない先見性を持たねばなりません。年を重ねれば重ねるほど 難しい舵取りですが、今年は 個人の威厳を保つよりも、今後につながる土壌作りが優先の時期とお考え下さいませ。それが吉の年だと存じます。

ちなみに、昨年の出来事を振り返ってみましょうか。年末に発表された「今年の漢字」。平成30年の世相を一字で表す漢字で選ばれたのは「災」という字でしたね。応募者が選んだ理由として、北海道や大阪府北部の地震、西日本豪雨や台風、記録的猛暑などが挙げられたようであります。まぁ、天候以外にも色々荒れた1年だったように思います。それを「十二支の干支」の運勢で当てはめますと、昨年は戌 (いぬ)年でした。漢字に直すとこうなりますね。「戌」。戌は「忠犬ハチ公」というように、「忠誠を尽くす動物」の象徴であります。


 
ですので、謙虚に忠誠を尽くすというのが吉の年だと 去年の修正会でも申しましたが、実際は忠誠とは真逆の、パワハラ、モラハラ、裏切り等の上下関係のトラブルがマスコミをにぎあわせた印象です・・・日体大のアメフト事件や、大相撲の暴力事件、またボクシング、レスリングや体操界の訴え、受験の不正等々・・・一昔前では絶対的な関係である、先生と生徒、いわゆる師弟関係によるトラブルが世を賑わせていたように思います。これも先程から申している時代の流れであります。地位や名誉、権力を持った方が、良くも悪くも落とされた年でしたね。しかし、誰も得をした印象がありません。

調べてみますと「戌」という字は、「伐採のバツ」という字と「漢数字の一」からなる漢字で、一まとめに断ち切る(一刀両断)・・・そんな意味があるので、驚くべきことが起こるのも無理はありません。「戌」も動物であります。忠誠を尽くすと言っても、本能的にガブッと噛むこともあります。気が緩めば信用が失われ、争いに翻弄される傾向の年でもありました。それが出た年だったのかもしれません。ほら、戌に火や水(氵)がつけば、「滅び」という字になりますよね。この火や水(氵)が「煩悩」に当たるのであります。個人の欲望ですねぇ・・・私の周りでも、この一年、大恩のある所に忠誠を尽くさず 不義理をし続け、その報いがきて泣いてる者もあります。ですので、干支の運勢はあながち間違っていないのです。

まさしく、去年の「災」の字。この自然災害も、温暖化等が影響であってのことであります。つまり(ある意味)人災・・・長年積み重ねた人間の煩悩が巻き起こしたといっても過言ではないと思います。来年から新しい元号になりますが、人類が、あるいは日本が「滅び」ないように、お互い智慧を出し合わねばと思う、今日この頃であります。

話を戻しますと、今年は「亥年」・・・イノシシですね。十二支の一番最後の干支。この「亥」の字で「ためる」という意味があります。「亥」に「樹木の木(大黒柱の木)」という字を足すと「核」の字になります。「亥年」に ” 土壌 ” を耕し、 ” 木 ” を生やすことができれば「核」になる ・・・そういった意味で、今年は本当に「物事の肝」の年であります。

西願寺では、2年後の授戒会に向けて種まきを始める第一歩であります。さらなる12年のサイクルに向け、西願寺の足腰を強化する核となる年であります。授戒会の準備委員会の方々も一生懸命、今後につながる土壌を作って下さってます。お陰様で、80人の定員に近付いて参りました!(拍手)。役員や住職は、猪のように ” 猪突猛進 ” の心でやっています(笑)。どうぞ皆様、若い芽を伸ばす土壌作りをしてやって下さい。明日の西願寺に向けて、大きなご支援、協力を頂ければ幸いであります。その、あたたかいお心添えが、また12年後の節目に、生きてても、死んでても(笑)、良かったなぁ・・・と思える日が、必ず来ることを断言します。有り難いことに、現在の西願寺は 過去(現在進行形)の方々の土壌作りの恩恵を受けて、幸せにやっております!! こういう幸せを噛みしめられるのがお寺なんですねぇ・・・。

これにて、平成31年(亥年の教訓と心構え)の話を終えさせていただきます。ご清聴、誠にありがとうございました。同唱十念

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もらう

本日、奉職寺院の写経会で琵琶説教を行い、本年の説教が終了しました。24人が定員の席数ですが、30名まで増席をし 盛況に終わりました。中には東北の福島県から琵琶説教を聴きに来て下さる方もあり、身の引き締まる思いでした。その後 集まって下さった参詣者の接待をし、昼食を取らず 年末行事の打ち合わせ、お世話になっている方のへの年末挨拶、秋期特別公開の宝物館の片付けをして滋賀に帰り、今、西願寺での仕事です。

ちなみに明日は 午前中に三軒の月参り。昼過ぎに来客。夕方に掃除や礼状書き。晩にも月参り・・・僧侶にクリスマスはありません(笑)。それにプラス、自らの念仏修行や琵琶の稽古もありますが、これはプライベートで仕事に入りません。さらにお葬式があれば、24時間応対します。この一年間、毎日がこのような状態で動いてきました。大学時代の恩師に、西願寺、奉職寺院、琵琶説教の大きな正三角形を作りなさいとご教授いただきましたが、今、うっすら形ができかけてる感じです。

この一年の悟りに通じる言葉がありましたので、ご紹介します。
実は、与えるために
「もらう」という気持ちが必要です。
どんなにたくさん持っていても、
与えつづければいつかはなくなります。
親切にして「あげる」というのでは、
いつかエネルギーがなくなってしまいます。
親切をさせて「もらう」、
掃除をさせて「もらう」と
どんどんエネルギーが増えていき、
疲れることがありません。

(『そのままのあなたが素晴らしい』 田中信生 ダイヤモンド社)

「〜してあげる」、「〜させてもらう」。やっていることは同じでも、気持ちが違うだけで まるで変わってきます。させて ” もらって ” 、仏のみ光を ” いただく ” ・・・それこそが、生きる妙法だということを、今年 学ばせていただきました。皆様、一年間、ありがとうございました。では、明日も早いので 寝させてもらいまーす^^(笑)。合掌

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感応道交

今、奉職寺院では仏名会(三千礼拝)を勤め、一年間の積もった罪を流す修行をしています。仏教徒は常に心を見つめ、心の平安が現象になって現れると解釈しています。心のアンテナを整える訓練をすると、色々なものが 必要な時に反応してくれることに気付きます。これを「感応道交(かんのうどうこう)」といいます。

例えば 先月末の連休は、琵琶説教に回ってました。11月23日に 四国は徳島県のご寺院に伺った際、隣のお寺で夕霧太夫(ゆうぎりたゆう)の墓が祀られていることを偶然発見し、回向させていただきました。夕霧太夫については、丁度、奉職寺院で2週間前に供養法要をしたばかりですので驚きました。呼んでおられたのでしょう。翌日24日は、静岡県・焼津でのお説教でした。ここでも 隣町の藤枝にお住まいの恩人のご訃報を聞き、説教後、信者の車で連れてもらい 枕経を勤めさせていただくことができました。翌25日は地元・滋賀でのお説教。静岡からの帰りの新幹線から竹生島の弁才天をお祈りした所、西願寺の門前で 白蛇がキリ-ク(阿弥陀仏の梵字)を象ってくれました。白蛇は弁天様の使いです・・・というように、ある3日間だけでも、様々な反応をいただき 気付かせて下さるのです。

日蓮宗・本行寺にある夕霧塚
江戸の高尾、京の吉野と並び称される夕霧は、類無き「才・色・品・情」を持ち、
多くの人を魅了したと言われます。夕霧の墓は徳島の他に、大阪、京都、和歌山にも墓があります。

ちょうど徳島へのお寺さまへお持ちしたお土産が、井筒八ッ橋本舗の「夕霧」でした。縁を感じます。

嵯峨釈迦堂・清凉寺で行われた夕霧祭
供養のため、島原から桜木太夫が来られました。

けい氏のお言葉です。
「スマホは自分が見たいモノしか映し出しません。ゲームもニュースも情報も動画も本もマンガもカレンダーも、すべて自分で選択して、より自分らしくなっていきます。ゲームが好きな人は、隙間時間(ちょっとした時間)までゲームができるようになりました。本が好きな人は本を、お笑いが好きな人はお笑いを、情報が欲しい人は自分が欲しい情報を、好きなだけ得ることができます。つまり、仕事が出来る人はどんどん仕事が出来る人になる一方、仕事が出来ない人はどんどん仕事が出来ない人になるということです。頑張る人、やる気がある人、情熱がある人、成長する気がある人には、成果が出やすい時代になり、二極化への流れは加速していくでしょう。頑張れば頑張ったなりの人生、怠けたら怠けたなりの人生。スマホの中身と一緒で、自分で選択できます。どう生きるかは、自分次第ですね♪」(魂が震える話)

「なにが正しいか?」は人によって違います。「どう生きるか?」についても千差万別です。しかし仏教は ” なぜ生きるのか? ” と言うことを明確に説かれます。仏教により ” 生きる目的 ” を会得すれば、おのずと「正しさ」や「生き方」が見えてくるのです。仏法を貪欲に求めるか否かで、人生を終える時に 魂の輝きが雲泥の差となって現れてくるのです。けい氏の仰るように、生き方は自分で選択できるのです。三蔵法師の時代は、命懸けで仏法を求め、虎に我が身を施した方もあります。また自らの生皮を剥いで、その教えを皮膚に書き留めても仏法を学びたいと願掛けされる法師もありました。そう考えると、今は恵まれた時代です。いつでも仏の教えが学べます。しかし、次に生まれ変わる時に仏教があるかはわかりません。どうぞ、この機縁に授戒会をお受けされることをお勧め申し上げます。合掌

白蛇がキリークの形で迎えてくれました。

阿弥陀仏をあらわす梵字。
「キリーク」

〈西願寺授戒会について〉
・参加費用は6万円に決定しました。あと先祖回向を承ります。参加者には戒名の巻物、数珠、袈裟、経本、浄衣をお授けします。(昼食あり)
・宗派は問いません。(但し、浄土宗の作法となります)
・執拗な勧誘は致しません。後に檀家になる必要もありません。
・あくまで修行ですが、勉強会の延長で信仰を深めていく感覚でいていただければと存じます。(希望者はイス席です)
・亡くなった方への授戒【贈授戒(おくりじゅかい)】、遠方や病気、仕事等で西願寺に来れない方(欠席)の相談もお受けします。
・定員になり次第、募集を締め切ります。ご了承下さいませ。

最近、種々の問い合わせが増えてます。授戒会の他、骨仏、永代供養、琵琶説教、葬式、ペット、水子供養等々は090ー6600ー6418まで 気楽にどうぞ。

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十夜(平成30年)

先日、今年最後の檀家法要を勤めました。西願寺では11月の「十夜(じゅうや)」を総回向として、一年の締めくくりの法要に位置づけています。例年、4月の「善導忌(ぜんどうき)」【法然上人の師匠、善導大師を偲ぶ法要】、10月の「御忌(ぎょき)」【宗祖・法然上人を偲ぶ法要】、そして今回の「十夜」【ご本尊の阿弥陀仏に感謝を捧げる法要】。この3つの回向が ” 救いのトライアングル ” を作り、信仰心を安定させ 幸福感を味わわせてくれるのです。

中央がご本尊の阿弥陀仏。向かって右が善導大師。左が法然上人。
阿弥陀仏は ” 救主 ” 。お釈迦さまは実在の人物で、阿弥陀仏のご存在をお説き下さった ” 教主 ” と位置づけます。
阿弥陀仏の救いの教えが釈迦(インド)→善導(中国)→法然(日本)と伝わり、私達の元に届いているのです。
この教えを聴きたくて、昔の方は 命懸けで天竺(インド)を目指されました。
この教えを 授戒会では惜しみなくお説きします。

今から2600年前に実在されたお釈迦さま。
生身の体で仏となられ、阿弥陀仏のご存在を発見され、その救いを説法されました。

少し前までは、時期が近づいたら 当たり前に法要を勤める … という感覚でしたが、価値観が多様化し、生活様式が大きく変わってきた現代では、させてもらえることに喜びを感じます。 ” 理屈 ” は色々ありますが、” 行動 ” が伴う難しさを感じる今日この頃です。ハロウィン等でバカ騒ぎをすることを恒例化し、感謝の心を捧げる時間を ” 宗教 ” という名目で蔑視する現代教育や政治は、本当に正しいんでしょうか・・・。生きる指針がなければ、心や行動がチグハグになります。

ハッとさせられる言葉を見つけましたので、ご紹介します。
「人の心を見る唯一の方法」それは、【相手の行動を見る】ことです。たとえば、「この仕事大好き!」って言っている人がいるとします。しかし、その人の行動を見れば、本当はどう思っているかなんてスグに分かるものです。仕事中の表情も、声のトーンも、歩き方さえも、一つひとつの行動を見れば分かります。休みの日も勉強してたら、仮にその勉強している姿を見ていなくても分かるものです。

「仕事好き!」って言っても、そこまでの行動をしていない人は大勢います。つまり、「好きって言っているけど本当はそこまで好きじゃない」という心が見えるはずです。「お客様を大切にしていきます」と言ったところで、【行動】が伴わなければそれは大切にしていないのと一緒で、そこまで強く思っていないのです。そういう心は誰でも見えるものです。誰かのことが好きだって気持ちも、そのための【行動】(たとえば自分を磨くとか、勉強頑張るとか、試合に勝つとか、一生懸命働くとか)していなければ、そんなに思っていないということです。

「好きだけど、そこまで好きじゃない」が、 自分以外の全員にバレていると思った方がいい。

相手の心を知りたかったら、相手が言ったことはハッキリ言ってどうでもいい。【相手の行動】にすべてが隠れています。人に信用される人、出世する人、お金持ち、プロスポーツ選手、つまり「成功する全ての人」は、【「行動」が伴っている】のです。もし、実力が無いのにプロ野球の監督さんが知り合いで、裏口から入れてもらったとして、どうなると思います?間違いなく、結果は残せず、ファンからは袋叩きにされ、起用した監督も批判されるでしょう。

「行動」が伴っていないので、実力もつかないからです。

「ごめんなさい」も、「ありがとうございます」も、そこに【行動】が無かったら、思っていないのと一緒だと思います。遅刻してしまったら、その日は一生懸命働くのもそうですが、次の日に誰よりも早く行くとか、有難いな~と思ったら、社長だったら給料を上げたりご馳走したり、部下だったら今まで以上に頑張る行動を増やしたり、そうやって行動し合うからこそ「信頼関係」が深まっていき、最強の組織(家族、チーム、会社、等々)になっていくのではないでしょうか?

あなたがどう思っているかなんて、みんな知っている。

「そんなことない、違う」と言ったところでそれは、そう思いたくないだけで、実際は【行動がすべて】。(『魂が震える話』けい)

西願寺では、次なる ” 行動 ” として 2021年10月9,10,11日に「授戒会(じゅかいえ)」【仏教徒としての生きる指針を学び、戒名を授かる儀式】を予定しています。準備委員会が一丸となって ” 行動 ” を起こしてますので、共々に阿弥陀仏、善導大師、法然上人の ” 救いのトライアングル ” を学ぶと共に、道をお示し下さったお釈迦さまの弟子になることを 心よりお勧め申し上げます。合掌

十夜の総回向として、多くのご参拝をいただきました。

法話は近江八幡市内の北元明教上人。3年後の授戒のお説教をお願いしています。

北元上人は私より3つ先輩の和尚さまです。
西願寺の授戒会は、受者はもちろんですが、近江八幡市内の僧侶も切磋琢磨しながら進めたく思ってます。    市内の僧侶方だけで勤められれば、今後、各ご寺院の檀家様に負担が少なく勤められるのではないでしょうか。
右上でメモを取ってるお上人は見えますでしょうか?

勉強熱心な柴田上人。若手のホープとして、3年後 期待してます(笑)
八幡市内の僧侶方よ、チェスト!!

〈西願寺授戒会について〉
・参加費用は6万円に決定しました。あと先祖回向を承ります。参加者には戒名の巻物、数珠、袈裟、経本、浄衣をお授けします。(昼食あり)
・宗派は問いません。(但し、浄土宗の作法となります)
・執拗な勧誘は致しません。後に檀家になる必要もありません。
・あくまで修行ですが、勉強会の延長で信仰を深めていく感覚でいていただければと存じます。(希望者はイス席です)
・亡くなった方への授戒【贈授戒(おくりじゅかい)】、遠方や病気、仕事等で西願寺に来れない方(欠席)の相談もお受けします。
・定員になり次第、募集を締め切ります。ご了承下さいませ。

最近、種々の問い合わせが増えてます。授戒会の他、骨仏、永代供養、琵琶説教、葬式、ペット、水子供養等々は090ー6600ー6418まで 気楽にどうぞ。

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ご縁に生きることが妙法

日の暮れが早くなり、秋の気配が深まって参りました。この時期はお寺の行事が多く、色々な所へ琵琶説教のお招きを受けます。そんな中、秋のお彼岸から半月ごとに伺っている地域があります。それは山口県の周防大島(すおうおおしま)。最近、何かと話題の地域です。ご存じでしょうか?

京都から広島駅で乗り換え。在来線で1時間半揺られ、最寄りの大畠駅に到着します。

今年の8月に 2歳の藤本理稀(よしき)ちゃんの行方不明で全国に大々的に報道され、9月には大阪の警察署から逃げ出した樋田淳也(ひだ じゅんや)容疑者が、道の駅に約一週間滞在したということで話題になり、極めつけが、10月22日の貨物船衝突による大島大橋の通行止めと島全体の断水・・・ニュースで見ない日はないくらい有名な島となりました。実は 昨日まで行って来ました。

スーパーボランティアの尾鼻春夫さんの活躍が放映されました。

樋田淳也容疑者足取り

本土と結ばれてる唯一の橋。今年の1月にも断水の被害に遭われました。
送水管やケーブルが通っており、現在も大変な被害に遭われてます。

本来は11月1日~5日まで、五日間のお寺の法要のご依頼で、私は その間に8講演をする予定でしたが、事故の影響で 4、5日の二日間で3講演に短縮されて 再依頼をいただきました。伺った時、本州と結ばれてる橋は何とか通れましたが、島は依然として断水状態でした。飲料水はもちろん、洗濯の水、トイレの水等々、まだ給水車頼みで不便な状態にもかかわらず、寺内の皆様に本当によくしていただき、恐縮至極でした。そんな中、力強く、明るく過ごされてる島民の皆様に、講師の私が勇気をもらいました。

被害に遭われている聴衆を目前にして、なんとお声をかけて良いか解りませんでしたが、弁天さまがフッと浮かび、説教を始めました・・・今年の周防大島は、様々な「水」の被害に苦しんでらっしゃることと存じます。本日からの講演は「琵琶説教」。琵琶と言えば、七福神の弁天さまをイメージされる方が多いと思います。弁才天は、元々、インドの水神・サラスヴァティだと云われます。サラスは「水」を意味し、さらさらと流れる水の音が音楽を奏でる連想から ” 音楽の女神 ” になったのです。それが日本で琵琶を持った弁才天の姿で現されました。弁才天の由来は、流暢に流れる水の音から ” 音楽 ” の他に ” 言葉 ” の神にも見立てられ 「言葉(弁)と才に優れた神」。それが弁才天の名前となり、弁舌、才能(音楽、学芸)の女神として信仰されたのです。この時期に 水神がお持ちの琵琶を聞いて頂くのは、深いご縁だと存じます。そういった思いで この2日間。琵琶に耳を傾けていただき、祈りを捧げる時間がとれれば幸甚です・・・「オン ソラソバテイエイ ソワカ」(弁才天ご真言)

サラスバティ
正式には「弁才天」ですが、当て字の「弁財天」の方が有名になりました。

説教の最後に、良寛さまのお言葉を紹介して終わりました。
災難に逢う時節には災難に逢うがよく候
死ぬ時節には死ぬがよく候
これはこれ災難をのがるる妙法にて候

災難に逢うときは災難に遭い、死ぬときには死ぬしかない。私たちがどんなに手を尽くしてもそれは変えられません。だとしたら、それらを受け入れて生きるしかないという意味の言葉です。どんなに不運が続き、大災害に逢おうとも、それは紛れもない命の現実の姿でしかなく、そのことを「災難」としてしか捉えることができないならば、どこまでもその不運を嘆いて生きていくしかありません。全てを受け入れ、ご縁を大事にすることが 幸せに生きる妙法なんだと思います。

次回は2024年11月。6年後の予約をいただきました。先日買った五年手帳でも追いつきません(笑)。その時には、今回の出来事がよい思い出として島の皆様と話せたらと存じます。合掌

このような時期ですので参拝者があるか心配でしたが、昼夜とも大盛況でした。
参拝者にお配りした「倍返り御守」100枚が一席目でなくなりました。
西願寺のカエル毘沙門天の御利益があることを心よりお祈り申し上げます。

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善導忌(平成30年)

今晩、西願寺の三大法要の一つ、善導忌(ぜんどうき)を勤めました。檀信徒をはじめ、隣寺のご住職方や総代、詠讃会、尼講、有縁の方々に参列いただき、法然上人の師匠である 善導大師を偲ばせていただきました。

善導大師

法話は 滋賀県の布教師会会長・西川章生上人に授戒の話をしていただき、ユーモアをふまえ、わかりやすく仏教入門をお説き下さいました。西願寺の授戒会(じゅかいえ)は、2021年10月9日(土)、10日(日)、11日(月・祝)に行います。これから授戒会本番までの三大法要は、授戒を中心にわかりやすい法話をされる方をお招きしますので、檀信徒以外でも聞きに来ていただければと存じます。それから授戒を受けられるかをお決めいただければ結構です。仏教的な生きる指針を授かり、仏教徒になってもらうのが授戒会です。興味のある方は、心に留めていただければ幸いです。

善導忌法要

西川上人のお説教。好評でした^^

吉永 賢一氏のお言葉です。
「最高の日って、どんな日でしたか?」「最高の一日って、いつですか?」という質問に、「彼女(彼氏)と出会った日です」「結婚式の日かな」「〇〇大会で優勝したとき」「大学に受かったときです」など、いろいろな答えが返ってきます。

このような答えはことごとく貧乏発想です。なぜかというと、みんな過去のことだからです。過去の一日が最高の一日だったということは、今日よりよかったということです。つまり、その最高の日と比べると今日は落ちているわけで、それは下り坂の人生を生きているということになるから貧乏発想なんです。

もっと詳しく説明すると、今日という一日が過去よりも下なのに悔しくない、というところが典型的な貧乏発想です。上に行く人は常に進化しています。ですから、最高の一日は今日でなければいけない。だからこそ、今日が人生最高の一日になるように挑戦し、毎日毎日生きるわけです。そして過去ベストを更新し続け、「今日が人生最高の一日だったな」と夜に思う。そしてまた次の日の夜には、「今日こそ最高の一日だったな」と思う。これをどこまでできるかです。(『東大卒でも貧乏な人 高卒でも成功する人』 総合法令出版より)

仏教の修行をして戒名(仏教の名前)を授かることは、新たな人生の第一歩となります。仏縁を通じて、この世のみならず、あの世まで進化し続けようという決意の現れが授戒です。共に「この世とあの世を貫く幸福」を獲得しましょう。合掌

〈西願寺授戒会について〉
・参加費用は6万円に決定しました。あと先祖回向を承ります。参加者には戒名の巻物、数珠、袈裟、経本、浄衣をお授けします。(昼食あり)
・宗派は問いません。(但し、浄土宗の作法となります)
・執拗な勧誘は致しません。後に檀家になる必要もありません。
・あくまで修行ですが、勉強会の延長で信仰を深めていく感覚でいていただければと存じます。(希望者はイス席です)
・亡くなった方への授戒【贈授戒(おくりじゅかい)】、遠方や病気、仕事等で西願寺に来れない方(欠席)の相談もお受けします。
・定員になり次第、募集を締め切ります。ご了承下さいませ。

最近、種々の問い合わせが増えてます。授戒会の他、骨仏、永代供養、琵琶説教、葬式、ペット、水子供養等々は090ー6600ー6418まで 気楽にどうぞ。

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自分の作り方

先日、アトリエシムラ主催の勉強会に招かれ、琵琶説教を勤めてきました。人間国宝で染織家の志村ふくみ師と洋子先生からのご依頼で実現しました。文化を広めるという観点で、様々な角度から学びの場を提供されるお姿に頭が下がります。本来、寺院がその役割を担うべきですが、意識のない僧侶が多いことは恥ずべきことだと思いました。

説教の最後は、ロウソクだけの暗闇の中、「耳なし芳一」を語りました。

説教の最後は、ロウソクだけの暗闇の中、「耳なし芳一」を語りました。

当日は台風24号が近づいているにもかかわらず、60名近くの方がご参加下さいました。福岡から日帰りで琵琶を聴きに来て下さる方もありました。メインの演目は、志村家の先祖とされる「那須与一」。琵琶はタイムマシーンのようなもので、時空を超え 現代にその状況を伝えることができます。様々なご縁が絡み合って今があると思うと、感慨深いものがあります。最後は 志村昌司氏と濱崎加奈子さんとの鼎談(ていだん)で、あっという間の2時間でした。それぞれの分野の方と 公開の対談でしたので、独特の緊張感がありました。同じ思想の方々との馴れ合いではなく、それぞれの立場を主張するには、” 自分 ” というものを持たねばと思いました。

あおいさんの言葉を引用します。
人が過ちを犯す過程とは、まず自分を失うこと、そして失った自分を違う誰かに委ねてしまうこと。まわりに流され、まわりと一緒というだけで安心してしまい、自分の発言や行動から ” 自分 ” がなくなって、無責任に無自覚に過ちを犯してしまうってことです。「和を以て貴しとなす」とは言うのですが、和と同は似て非なるもの。これは決して同調をよしとする言葉ではないのです。

人間は 暇と忙しさのバランスではなく、” 人と関わる時間 ” と ” 一人の時間 ” のバランスが大事なのだと思います。人と関わる時間が多過ぎても自分が亡くなります。また、一人の時間が多過ぎても社会に適合できなくなってしまいます。自分が自分で在りながら社会に適合するためには、人と関わる時間と、一人の時間のバランスを取っていかなければいけないということ・・・人との交わりと、孤独の研鑽が ” 自分 ” を作っていくものだと学びました。合掌

有斐斎弘道館(ゆうひさいこうどうかん)にて

有斐斎弘道館(ゆうひさいこうどうかん)にて

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