浄土宗開宗850年慶讃大法要

4月11日、浄土宗大本山・くろ谷金戒光明寺で浄土宗開宗850年慶讃大法要があり、記念公演で琵琶説教を勤めました。 

金戒光明寺は、43歳の法然上人が比叡山を下りられ、最初に築かれたお寺(草庵)であり、浄土宗始まりの場所になります。その時から丁度、850年が経ちます。

これまでの研鑽が形となって現れ、最上の幸せを感じました。50年に一度のタイミング。大殿いっぱいの聴衆。万雷の拍手。すべてに感謝で、有り難かったです。

大師前(法然像)で拍手を受けている時、生まれてからの出来事が走馬灯のように思い出され、点が線に繋がった気分になりました。

・・・私は昭和50年、浄土宗開宗800の年に生まれました。初不動の日に生まれましたので、神仏と結び付きが深いと感じています。

お寺で待望の男子。しかも一人っ子で大切に育てられました。特に祖父母は可愛がってくれ、几帳面さと親切心を教えてくれました。部屋では浪曲のテープが流れていた記憶があります。

20歳で僧侶となり、清凉寺(嵯峨釈迦堂)で修行のご縁をいただき、この4月で30年目になります。宿舎で宗教琵琶・江頭法輪(えとうほうりん)氏のカセットテープと出会い、琵琶に興味を持ちました。

清凉寺で随身しながら仏教大学に通わせていただき、筑前琵琶の田中旭泉先生に師事しました。

大学では、藤本浄彦教授(現くろ谷金戒光明寺ご法主)の元、熊谷直実の研究をしました。今回の創作琵琶は金戒光明寺に縁の深い熊谷直実出家の物語を語りました。

27歳の時、琵琶説教師として 琵琶と浪曲を合わせた現代琵琶を制作し、僧侶として物語からの教訓を布教しだしました。

琵琶説教を聴いて下さった方々と 仏縁が広がっていきます。1人の念仏者をつくると、極楽に1本の蓮の花が咲くと言われますが、菊田水月が在家から出家して 西願寺の弟子となり、私の琵琶のロゴマーク、西願寺の仏画等を描いてくれました。今は住職となって 芸術部門で浄土宗に貢献してくれてます。

琵琶説教の仏具(衣、袈裟、フクサ類)は、信徒の里田昭美さまが一手に制作して下さってます。仏具を購入するのは簡単ですが、布施の力を信じ、功徳を活かしていきたいと思ってます。

その他、書ききれない程、多くの出会い、助けがあって今の私があります・・・

この時間は、私の人生において上位の思い出になりました。最上の悦びです。「喜び」ではなく「悦び」です。

我々がいつも使う「喜び」は、外的刺激に対する反応ですが、一方、「悦び」は一人で無条件に自分の中から湧き上がるよろこびです

「悦」という字の偏はりっしんべんで、意味は「心」です。外的な刺激や条件に関係なく、何か真剣に取り組んでいる時に心の中から湧き上がるよろこび、ワクワクする楽しい感情が「悦び」です。

ですから、この感覚は 他人に説明してもわかりません。話しても興味もないでしょう。しかし、自分の中だけの崩れることのない〝 よろこび〝 なのです。人生は この「悦び」を求める旅なんだと最近つくづく思います

法然上人は850年前に悟られたよろこびを、「悦」で表されてます。
「うけがたき人身をうけて、あいがたき本願にあいて、おこしがたき道心を発して、はなれがたき輪廻の里をはなれて、生れがたき浄土に往生せん事、悦びの中の悦びなり」 (『一紙小消息(いっしこしょうそく)』)

私の人生、すべてに携わって下さった方々に 心より感謝申し上げます。合掌

帰りに御礼参りをしました。
金戒光明寺には熊谷直実(奥)と平敦盛(手前)
の供養塔が迎え合わせに建立されています。

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牛頭天王を厨子に安置

三寒四温を経て、徐々に春の訪れを感じます。今年(辰年)は 思いが具現化する年だと申しましたが、また一つ 思いを形にできました。

以前から申し上げている念持仏の牛頭天王ですが、この度、某氏の御寄進で厨子(ずし)に安置させていただくことができました。

牛頭天王は祇園精舎(お釈迦さまのお寺)の門番だと伝わります。
強制的に統合された素戔嗚尊(スサノオのミコト)と
区別するために、釈迦如来図の御前に安置しています。

もちろん、スサノオさまを否定してる訳ではありません。
牛頭天王に相対して、草場一壽氏の須佐之男画を安置しています。
一緒に御力をいただいています。

住職は 明治政府に強制的に葬られた牛頭天王信仰の復活をライフワークにしてますが、協力者によって拝殿が充実したことを嬉しく思います。財力や権力による自己満足ではなく、有縁の方々の御力で信仰を広められてることに悦びを感じているのです

将来は この厨子に納まった仏像を核に、参詣者が絶えない神社を造るのが夢です。私の意思を引き継ぎ、世代を超えて 立派な神社が出来てる様子が、私にはありありと見えています。

今回、小さな゛気付き ゛が 大きな゛築き ゛に変わる瞬間に立ち会えました。神仏の御力を借りれば、大概の夢は叶うと思います。信仰の力は偉大です。

今年のブログは辰年に因んで、無から有を産み出す悦びを 色々 記せればと思っています。合掌

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ビーたんの満中陰と納骨

先日、ビーたんの満中陰(49日)を迎え、法要と納骨をしました。 
 

ビーたんは合祀ではなく、個別納骨をさせていただきました。
この墓の形式ですと、将来 無縁仏になる心配はありません!

住職は 境内にペットの納骨所を建立しましたので、ペットを亡くされたご遺族とお話する機会があります。しかし、皆様のロス状態は 見ていて辛いものがあります。

今回は 我が家のペットでした。この49日間、どんな感覚になるのかを素直に味わってみました。皆さまがおっしゃってることで 強く感じたのは、、、

言葉を発しない存在なので、「思い出の美化」をしてしまう、、、これが一番でした。

ペットとの思い出は尽きません。彼(彼女)らは 言葉を発しないので、我々は表情のみを観て、一心に愛情(自らのすべて)を注ぎます。その為、お別れが来ても「もっと出来たんじゃないか?!」と思ってしまい、後悔と寂しさのループが続くんだと思いました。

人間同士で、お互いの心情を語り合ったり、喧嘩をしたりして 人となりを知ると、どこかで心の整理が付くものですが。

亡くなる1週間前のビーたん
とても元気で 妙に甘えてきてくれました。
この時は何を思ってたんでしょう。

その上で率直に思ったことは、いずれ前に向かないと、何もかも止まった状態になるということです。つまり、キツイ言い方ですが、すべては自らの「思い出の美化」ですから、心が晴れ渡る要素がないということです。「喪に服す心=供養の心」が混同すると、いつまでも悲しんでなくてはなりません

その体験を踏まえ、私自身、前に進む解決法を探しました。出た答えは、シンプルにお墓に納骨することでした。実際、お墓を持ことは 本当に安穏な精神状態になるのだと実感しています。

墓の効能は、
①「思い出の美化」を翻し、常に感謝できる心の状態を保てること。
②「存在の消失」を翻し、墓の存在が 彼(彼女)らの生きた証となること。
③供養の際、客観的に見てくれる存在(僧侶)と話すことで、安心ができ 前向きな心になれる。しかも、当家の先祖回向までしてくれる。

家に何十年と お骨を安置することは、遺族も霊(ペット)も前進がありません。浮遊霊のままで居させるのは人間のエゴになりかねません。どこかで前に進むべきだと存じます。そう考えると、納骨は いい距離感の出発だと存じます。また別の形で必ず逢えますから

※しかし、納得するまでは近くに安置してあげてくださいね。住職もその意見は賛同します。あとは時期の問題だけです。

今年は辰年で、「思いが具現化」する年だと申しましたが、自ら建立したペット供養塔で愛猫を弔える幸せをしみじみと感じています。亡くなった霊と よき思い出の中に生きる・・・これは幸せななことですね。

ビーたんのお陰で、ペット供養相談に来られた皆様の気持ちに さらに寄り添えそうです。合掌

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辰年の心構え

新年、明けましておめでとうございます。本年も宜しくお願いします。

さて、今年は辰年です。毎年申してますが、干支というのは、この世界の森羅万象を12に区分けしたものになります。5番目の辰は季節でいえば5月に当たります。つまり、新緑が勢いよく芽吹いていく季節になります。このことから、辰年は成長や発展の年だとされます。

元々「辰」という字は「ととのう(整)」や「ふるう(振)」といった意味があり、今までの努力や忍耐がい、るって具体的な形になっていくのに適した年とも解釈できます。

「手で辰を動かす」と書いて「振」の字になります。大黒天が打ち出の小槌を振ると小判が出てくるといわれますが、この小槌は精進を象徴しており、努力が報われる功徳があります。そう考えると、小槌は辰(龍)そのものなのかもしれません 。努力が報われたい方は、今年は大黒天をお詣りされるのが吉だと存じます。

大黒天

十二支それぞれに、動物があてはめられるようになるのは後代になってからですが、十二支の中では唯一想像上の動物であるのが龍になります。実は、9つの動物が合わさった生き物だと云われます。

中国では「角はシカ、耳はウシ、頭はラクダ、目はウサギ、鱗はコイ、爪はタカ、掌はトラ、腹はミズチ(妖怪)、首筋はヘビ」だとされています。

この9つの動物を組み合わせて描いてみると、龍の絵が出来上がります。種々合わさって完成することから「ととのう(整)」と訳されたのかもしれません。つまり、万物が相整い、振るって発展する様を、天に昇る龍に喩えたのではないかと思われます

牛頭殿の御前に祀っている
草場一壽氏の陶彩画
『時は今』の白龍

すべての下地が整い、今にも振るい立ちそうです。

しかし、良くも悪くも具体的な形になりやすいことに気をつけなければなりません。良いことや自らが願うことが具体的な形になるのは歓迎できますが、悪いことや不本意なことさえも具体化しやすい年でもあります。決して龍の逆鱗(げきりん)に触れる行為は控えましょう。善悪の判断、自分を抑える心、周囲への配慮をしっかりとなせば飛躍の一年となることは間違いなしです。

逆鱗は龍の急所にあります。
誰でも触れられたくない部分を持っています。
その場所に触れるようなことをすると、今までの
信頼や縁が一気に崩れて 戻らなくなります。
くれぐれもご注意下さい。

年明けから龍が暴れているような荒れた幕開けになりました。最後は物事が整い、幸が振り溢れるような一年であることを心よりお祈り申し上げます。合掌 

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ビーたん、天晴れ!!!

こんばんは。突然ですが、以前にご紹介した愛猫ビーたんが本日 亡くなりました。令和5年12月26日(火)、約22年の生涯で、人間で言えば88歳の米寿でした。

ビーたんは、ちょうど祖父母が亡くなる時期(平成13年頃)、失踪した先代ビーちゃんと入れ違いでやってきました。その後 節目の金森家を黙って癒し、見守ってくれました。

亡くなったのは 一緒に寝ていた息子の部屋で、朝、静かに息を引き取っていたようです。早朝4時頃に声を出したみたいですので、明け方に逝ったのかもしれません。その4、5日前から何も食べなくなり、前日(当日)もゆっくり外に出て思い出の場所を巡り、直前まで自分で各部屋を巡りお別れをしてくれました。もう一日、早くても遅くても 私は見送れませんでした。いや、スケジュール的に この日しか無理でした。

亡くなる前日(20時間前)、フラフラしながらも
自らの足で思い出の場所を巡っていたビーたん。

大好きな縁側で最後の日向ぼっこ
(亡くなる12時間前)

ビーたん、最後の写真(亡くなる6時間前)
今まで可愛がって下さった皆様、お世話になりました!

朝に火葬をしてくれるところを探し、電話をしたら昼過ぎに来てくれました。みんなが揃う唯一の時間に見送れました。しかも晴天。あっぱれ(天晴れ)とはこのことです。息子の友達や、当日参拝予定だった巽家の皆様にも見送ってもらい、素晴らしい最期でした。何より、家で亡くなってくれたことが身内の救いでした。

末期の水

本堂でのお葬式

皆様からいただいた供花や供物
(出棺前は大好きな縁側で)

火葬の儀

祭壇に祀られるビーたんの遺骨
令和6年2月8日が満中陰です。
それまでお経をあげ続けます。お寺に来てよかったね^ ^

ビーたんは、今、ブログを記してるこの場所で、24時間前に 私の膝の上に乗っていたので、とても切なく 不思議な気持ちです、、、こういう出来事があると、皆さん こう思われるんじゃないでしょうか。

〜 魂はどこからきて、どこにいくんだろう 〜

さっきまで動いていた生き物が動かなくなるんです。本当に不思議です。この死生観をもって 生きるのとそうでないのとでは、人生の深さが変わってくるのです。つまり 人間世界は、諸行無常という苦しみの世界に生きています。それに気付け!と仏教は教えます。

結局、み〜んな亡くなります。そして 周りに 誰も(気を許せる人)がいなくなる、、、自らも年を取り、老いや病いに苦しみ、理解者がなく、世代間ギャップと孤独に泣き、過去の後悔と死後の恐怖の中で、人生を終えます(←お経に書かれています)

それが そう遠くない未来に訪れるとわかっていても、その解決法(仏の教え)を学ぼうとしないのが我々凡夫です・・・救われる方法があるんだよ!!って仏は手を広げて待って下さってます。様々な死の縁をかりて、皆様に仏縁があることを祈ります

とにかく仏縁が深かった ビーたん。誰よりも住職のお経や法話を聴いてくれました。次は人間に生まれ変わって、また楽しく遊びましょ。今まで本当にありがとう!! 南無阿弥陀仏

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私のロマン

今年は出家をして30年目の年でした。18歳で故郷を離れ、クリクリ頭で京都の修行道場に向かった緊張感が懐かしく思います。

修行中、色々な方とご縁がありました。
それにしても若いです(恥)
ある時、女優の真野響子さんが訪ねて来て下さいました。

様々な方に影響を受け、自分には何ができるか?を考えてきました。
修行中の若造が、能楽師の梅若六郎さま
対談させていただきましたも よき思い出です。

そんな私も、僧侶として やりたい夢を持つようになりました。

一つは、私の住職代で授戒会(仏教の心構え)、五重相伝(念仏の心構え)の2つの道場を檀信徒に提供する
※西願寺では20年ごと、住職一代で どちらか一つを開催するのが通例でした。

二つは、故郷・近江八幡にある大ホール会館で、満席の観客に琵琶説教を披露する
※琵琶を方便として、今まで仏縁が薄かった方々を集めて講演をしたかったのです。

今年は、この2つの夢が一気に叶った年でした。ほとんどの皆様は、しょーもない夢だと思われるかもしれませんが、住職の夢は 権力や財力、組織力で作られたものでなく、長い期間をかけての信用(仏縁)で達成できるものを目指しました。縁ある全ての方々に感謝をし、今、しみじみと喜びを噛み締めています。

中学時代からの座右の銘
猪木さん、私のロマンが叶いましたよー!

今回は、二つめの夢が叶った 成道会(市民のつどい)のご報告をします。

会場となった近江八幡市の男女参画センター
やはり晴天!
様々な役員さまにお世話になりました。心より御礼申し上げます。

数ヶ月間、市内の至る所にこのポスターが貼ってあり、
時節柄、体調管理が本当に大変でした(汗) 
誰にも代わってもらえないプレッシャー、、、(^_^;)

成道会(じょうどうえ)とは、お釈迦さまの悟りを祝う法要です。
宗派を問わず勤める行事です。

コロナの影響で4年ぶりの成道会となりましたが、
300人を超える方々がお集り下さいました。

この会は、西願寺や浄土宗のバックアップがなく、様々な
宗派の方や一般の方々が集まって下さるから尊いのです。
組織の集客ではなく、聴きたい方が足を運んで下さる・・・
昭憲の説教を聴きたい! この状況での布教が 私の夢でした

みんな真剣です。

私も全身全霊をかけて語ります。

前回は、平成15年の第20回の成道会に
清興(琵琶伝道)で出演しました。

清興は、びわこのーと さん
ヴァイオリン、ヴィオラの演奏でした。

今回は 講師でのご依頼
過去、成道会に2度 出演された方はありませんので、
これは素直に自分を褒めてあげたいです。

布施を中心に法を説きました。

演目
祇園精舎、勧進帳(安宅の関)、鵯越の逆落とし

勧進帳を読む住職
今回は 義経、弁慶らが八幡さんに加護を祈る場面です。
近江八幡の地名も 八幡さんから付いていると云われます。
近隣には義経元服の池もあり、琵琶演奏の際には、
モノ(源平の亡霊)が喜んでいる感じがありました。

中高年のアイドルもさせてもらいました ♪(笑)

今年一年、お世話になりました。これからも ゛私のロマン ゛を求めて精進しまーすo(^▽^)o合掌

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ご報告(大本山 くろ谷 金戒光明寺布教)

威風堂々とした山門
ここを通る時、いつも背筋に緊張が走ります。

気候も穏やかで、絶好の夜景拝観日和でした♪

全体で30分の時間をいただきました。
夜間拝観の観光客は、夕食やホテル、交通手段等の
束縛があり、とても貴重な時間です。
最後までお付き合い下さった皆様に心より感謝申し上げます。

次々と出入りの激しい時間帯でしたが、
最終的に多くの方が座って下さいました。

生まれも育ちも国籍も違う、初めて出会う方々と
真剣に向き合えるのが琵琶の醍醐味です。

浄土宗の僧侶にとって、念仏の礎の地(くろ谷)の
法然さまの御前で布教できることは最高の幸せです。
しかも850年前に この地で起きた出来事を
創作琵琶で語れたことは、この世での
素晴らしき思い出となりました。合掌

脇陣に吉備真備(きびの まきび)公がいらっしゃいました。
唐から牛頭天王を招来されたお方です!
真備公が縁を結んで下さったように感じます^ ^

オン ハラレイキャ ゴズデイバ セイガン ズイキ ソワカ

吉備真備公の隣に
「吉備観音(きびかんのん)」がいらっしゃいました。
琵琶を弾く時の私の顔と似てませんか?(笑)
この観音さまが私を護って下さった気がしました。
また ゆっくり御礼に参ります。

南無観世音菩薩

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宣伝

大本山・くろ谷金戒光明寺の大殿を
お借りして創作琵琶を披露します。
源氏の武者 熊谷直実が、この黒谷の地で
法然上人に弟子入りする場面です。
暖かくしてお参り下さい。

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アントニオ猪木をさがして

映画「アントニオ猪木をさがして」を鑑賞してきました。今年は、2022年10月1日に79歳でこの世を去ったアントニオ猪木の一周忌に当たります。私は祖父の影響で、幼少より 大のプロレスファンとなり、書斎にはプロレス関係の書籍や漫画、DVD、CD、フィギアが所狭しとならんでいます。

猪木ブロンズ像

映画の内容は、プロレスラー・アントニオ猪木、そして人間・猪木寬至を立体的にひも解いていくドキュメンタリーでした。私の青春を映像で回顧してるような気持ちとなり、涙があふれ、幸福感に包まれた時間でした。

アントニオ猪木は、プロレスラーの枠にとどまらない「希代のエンターテイナー」でした。誰しもの耳に轟いていた「バカヤロー!」「元気があれば何でもできる」という名言に、世代の枠を超え、勇気を貰った人々も多いのではないでしょうか? 

ミレミアムの瞬間は
猪木さんと過ごしました! 

各試合のエピソードを語れば尽きませんが、一番衝撃を受けたのは、20年前に プロレス関係者から「プロレスは 結果のわかったショーである」とカミングアウトされたことでした。この時は さすがにショックでした、、、あ然 ぼう然 がく然としたことを覚えています。その告発以来、世間のニュースに全く驚かなくなりました(笑)。私にとって、それほど衝撃的な事件でした。

しかし この時に、人間世界は すべて方便でできているんだ!という仏教感覚を学んだ気がします。

ちょうど20年前、カミングアウトがありました。
人生最大の衝撃でした!

これは観音さまの「遊(ゆう)」の教えに通じます・・・自分はこの世に演者として現れたんだ。良い役も悪い役があるが、みんなが自分にとっての主役 脇役 善役 悪役を演じてくれて 成長させてくれてるのだ・・・そう考えると、すべての方々が観音さまに思え、感謝の心が湧いてきます^^ 

現代は目くじらを立てて、人の非を責める人が多いですが、この「遊の生き方(すべて観音さま)」を意識すると、もっと人生が楽しくなると思います。この感覚もプロレスからの学びです。まさに 猪木流「馬鹿になれ!」ですね。

映画「アントニオ猪木をさがして」のポスター

「馬鹿になれ!」と言っても、周囲を撹乱するような生き方(すべて自分さま=観音さまを見下す言動)では、ただの自己中心的な人になってしまいますので、お気を付け下さい。

「遊(ゆう)」の教えは究極の自己満足です。その遊びが楽しければ楽しいほど、皆んな(観音さま)が寄って来て笑顔になり、自分(観音さま)の幸せに繋がります。

・・・自己中ではなく自己満 ・・・

観音さまに喜んでもらうことを目一杯して 歩んでいこうと思います。逆に楽しく感じないことはしたくありません!(笑)。馬鹿になることが、アントニオ猪木への最大の恩返しだと思います。1,2,3,ダー!! 

アントニオ猪木の言葉
この言葉を額に入れて中学生の頃から教訓にしてました(笑)
私のすべての原点です!

闘覚院機魂寛道居士 一周忌 南無阿弥陀仏

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宣伝

今回は大きな会場になります^ ^
どちら様もご来場お待ちしています(無料です♪)

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