月別アーカイブ: 6月 2017

今を生きる

最近、妙に「私は不幸だ! 環境を変えたい!!」と相談を受けます。以前 お話した「六月病」の時期なのかもしれません(笑)。もう一度、この症状をおさらいしましょう。 「五月病」と同じように「六月病」は医学用語ではありません。医学的には「適応障害」に分類されます。この症状は、急激な環境の変化についていけず、心や体が悲鳴をあげている状態です。入社時に限らず、配置転換や転職、退職、結婚、引越しなど、自分のみならず、周りの環境が大きく変化する時期に起こりがちです。ただ 六月病に関して言うならば、「自分はもっと幸せになれるのでは?!」という幻想(比較)からくるものだと言われます。どうも 自分中心の理想が、” 今の幸せ ” を邪魔してるように思えます。人間、独りで生きているのではなく、様々な恩恵によって生かされているのですが・・・。 彼岸寺さまの説法を引用します。 最近、今を幸せに思えないという悩みをよく耳にします。これから先どうなるか心配されていたり、嫌な思い出がどうしても忘れられないという方もいらっしゃるかと思います。仏教では、過去や未来ではなく、今ここでの出来事に集中することが大切だと考えます。たとえば、お釈迦さまはこんなことをおっしゃっています。「もう終わったことをいつまでも考えたり、まだ起きていないことに悩んだりしないように。過去はもう終わったことで、未来はまだ来ていないこと。だから、今すべきことをよく見つめて、それに集中しなさい。今日しなくてはいけないことを一生懸命やるのです。明日死んでしまうとしても、そのことは誰にもわからないのです」私たちはなぜ、未来や過去のことを考えるのでしょうか。その理由はいろいろ考えられますが、究極的には「幸せになりたい」と願っているからではないでしょうか。幸せになるためには、過去や未来の問題を解決しなくてはならない。でも、過去や未来のことは考えても考えても解決できない。だからそのことが頭から離れないのです。不安を解決して幸せになりたいと願うなら、過去や未来を変えようとするのではなく、そのことをどうしても考えてしまう今の気持ちに向き合いましょう。現実は変えられませんが、そのことで悩んでいるあなたの気持ちは変えることができます。(『小さな心から抜け出すお坊さんの1日1分説法』永岡書店) 幸せに生きる秘訣は「今を生きる」ことです。今が幸せに思えないのは、本来やらねばならないことに向き合わず、全力を投じてないからです。過去や未来に思考が働いている時、目の前のことに集中できないものです。それはちょうど、バックミラーを見ながら運転する車のように、後ろが気になってバックミラーを見過ぎて危ない状態です。未来ばかり見る人は、ナビの目的地周辺の地図ばかり見ているようなもので、それも危ないです。大切なのは、己の現状を直視すること・・・つまり、日々の「反省→感謝→報恩」が「今を生きる」ことにつながります。これを忘れると、大事故につながりますよ。取り返しがつきません。人間は、謙虚に謙虚に前を見て生きていく・・・必ず佛は護って下さいますから。それが信仰の原点です。合掌

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それぞれの理想

先月より 奉職寺院中心の生活から、西願寺に軸足を置いた生活に移行しました。皆様のお力を借りつつの毎日でしたが、先代の往生から一年が過ぎ、両立が難しくなってきたのが理由の一つです。 身の置き方について、多方面から 様々なご意見を頂戴しました。その経験から ” 理想 ” は人それぞれ違うことを学びました。決断に慎重になると、優柔不断と叱責されますが、結局 なにが正しいのかわかりませんし、誰も責任を持ってくれません。経済的な問題、人間関係、それぞれの生き甲斐や考え方、心身の状態 … 色々な縁によって成り立つものですから、一つのバランスが崩れれば、立て直しは困難です。縁はヤジロべーのようなものです。絶妙な支点を探せるのは ” 自分自身 ” です。一つ一つ丁寧に、出来ることからやっていこうと思っています。 精神科医、最上 悠 氏のお言葉です。 仕事にかぎらず、目標や理想を高いところにおくのは悪いことではないでしょう。ところが、その目標や理想にこだわりすぎて、何が何でも100%の完成度でなければならないと思い込むようになると、考え方に悪いクセがつきつつある証拠です。とくに、気持ちが滅入ってくると、知らず知らずのうちに根拠のない理想に縛られて、自分を追い込んでしまうことがあります。もうひとつ、仕事の速さに理想を求めすぎている、ということもあります。たとえば、本来は10日間かけてやるべき仕事なのに、「これくらいの仕事は、5日でやれないとダメだ」と思うと、焦ってイライラしたり、辛くなったりします。すると、問題はオーバーペースであることなのに、「自分はこの仕事に向かない」と、方向性まで間違っていたかのように誤解してしまう。つまり、理想というのは、あくまで長期的目標であって、それを短期的目標といっしょにしてしまうと、自分を追い込んでしまうことになるのです。(『ココロの筋トレ』 インフォバーン ) 正直、お寺の生活は難しいです。効率で語れないことが多々あります。商売なら 互いにご破算できますが、お寺はそうはいきません。住職は それぞれの ” 理想 ” を受け入れつつ、笑顔で ゆっくりゆっくり … 。心配しなくても、一つの言葉、思い、行動が 別の縁となって現れてきます。良縁の流れに乗るのが 仏教の考えです。理想に縛られ ギスギスすれば、それこそ歪みが生ずるものと心得ます。駅伝走者のつもりで、慌てず、楽しく、心穏やかに 次世代へタスキを渡せればと存じます。 ” 本当の理想郷 ” は、この世を去った後にあるのですから。南無阿弥陀仏だけは見失わぬよう進むのみです。念仏ファーストです!(笑)どうぞ皆様、助けて下さい。宜しくお願いしま~す!(^o^)!。合掌

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