感応道交

今、奉職寺院では仏名会(三千礼拝)を勤め、一年間の積もった罪を流す修行をしています。仏教徒は常に心を見つめ、心の平安が現象になって現れると解釈しています。心のアンテナを整える訓練をすると、色々なものが 必要な時に反応してくれることに気付きます。これを「感応道交(かんのうどうこう)」といいます。

例えば 先月末の連休は、琵琶説教に回ってました。11月23日に 四国は徳島県のご寺院に伺った際、隣のお寺で夕霧太夫(ゆうぎりたゆう)の墓が祀られていることを偶然発見し、回向させていただきました。夕霧太夫については、丁度、奉職寺院で2週間前に供養法要をしたばかりですので驚きました。呼んでおられたのでしょう。翌日24日は、静岡県・焼津でのお説教でした。ここでも 隣町の藤枝にお住まいの恩人のご訃報を聞き、説教後、信者の車で連れてもらい 枕経を勤めさせていただくことができました。翌25日は地元・滋賀でのお説教。静岡からの帰りの新幹線から竹生島の弁才天をお祈りした所、西願寺の門前で 白蛇がキリ-ク(阿弥陀仏の梵字)を象ってくれました。白蛇は弁天様の使いです・・・というように、ある3日間だけでも、様々な反応をいただき 気付かせて下さるのです。

日蓮宗・本行寺にある夕霧塚
江戸の高尾、京の吉野と並び称される夕霧は、類無き「才・色・品・情」を持ち、
多くの人を魅了したと言われます。夕霧の墓は徳島の他に、大阪、京都、和歌山にも墓があります。

ちょうど徳島へのお寺さまへお持ちしたお土産が、井筒八ッ橋本舗の「夕霧」でした。縁を感じます。

嵯峨釈迦堂・清凉寺で行われた夕霧祭
供養のため、島原から桜木太夫が来られました。

けい氏のお言葉です。
「スマホは自分が見たいモノしか映し出しません。ゲームもニュースも情報も動画も本もマンガもカレンダーも、すべて自分で選択して、より自分らしくなっていきます。ゲームが好きな人は、隙間時間(ちょっとした時間)までゲームができるようになりました。本が好きな人は本を、お笑いが好きな人はお笑いを、情報が欲しい人は自分が欲しい情報を、好きなだけ得ることができます。つまり、仕事が出来る人はどんどん仕事が出来る人になる一方、仕事が出来ない人はどんどん仕事が出来ない人になるということです。頑張る人、やる気がある人、情熱がある人、成長する気がある人には、成果が出やすい時代になり、二極化への流れは加速していくでしょう。頑張れば頑張ったなりの人生、怠けたら怠けたなりの人生。スマホの中身と一緒で、自分で選択できます。どう生きるかは、自分次第ですね♪」(魂が震える話)

「なにが正しいか?」は人によって違います。「どう生きるか?」についても千差万別です。しかし仏教は ” なぜ生きるのか? ” と言うことを明確に説かれます。仏教により ” 生きる目的 ” を会得すれば、おのずと「正しさ」や「生き方」が見えてくるのです。仏法を貪欲に求めるか否かで、人生を終える時に 魂の輝きが雲泥の差となって現れてくるのです。けい氏の仰るように、生き方は自分で選択できるのです。三蔵法師の時代は、命懸けで仏法を求め、虎に我が身を施した方もあります。また自らの生皮を剥いで、その教えを皮膚に書き留めても仏法を学びたいと願掛けされる法師もありました。そう考えると、今は恵まれた時代です。いつでも仏の教えが学べます。しかし、次に生まれ変わる時に仏教があるかはわかりません。どうぞ、この機縁に授戒会をお受けされることをお勧め申し上げます。合掌

白蛇がキリークの形で迎えてくれました。

阿弥陀仏をあらわす梵字。
「キリーク」

〈西願寺授戒会について〉
・参加費用は6万円に決定しました。あと先祖回向を承ります。参加者には戒名の巻物、数珠、袈裟、経本、浄衣をお授けします。(昼食あり)
・宗派は問いません。(但し、浄土宗の作法となります)
・執拗な勧誘は致しません。後に檀家になる必要もありません。
・あくまで修行ですが、勉強会の延長で信仰を深めていく感覚でいていただければと存じます。(希望者はイス席です)
・亡くなった方への授戒【贈授戒(おくりじゅかい)】、遠方や病気、仕事等で西願寺に来れない方(欠席)の相談もお受けします。
・定員になり次第、募集を締め切ります。ご了承下さいませ。

最近、種々の問い合わせが増えてます。授戒会の他、骨仏、永代供養、琵琶説教、葬式、ペット、水子供養等々は090ー6600ー6418まで 気楽にどうぞ。

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十夜(平成30年)

先日、今年最後の檀家法要を勤めました。西願寺では11月の「十夜(じゅうや)」を総回向として、一年の締めくくりの法要に位置づけています。例年、4月の「善導忌(ぜんどうき)」【法然上人の師匠、善導大師を偲ぶ法要】、10月の「御忌(ぎょき)」【宗祖・法然上人を偲ぶ法要】、そして今回の「十夜」【ご本尊の阿弥陀仏に感謝を捧げる法要】。この3つの回向が ” 救いのトライアングル ” を作り、信仰心を安定させ 幸福感を味わわせてくれるのです。

中央がご本尊の阿弥陀仏。向かって右が善導大師。左が法然上人。
阿弥陀仏は ” 救主 ” 。お釈迦さまは実在の人物で、阿弥陀仏のご存在をお説き下さった ” 教主 ” と位置づけます。
阿弥陀仏の救いの教えが釈迦(インド)→善導(中国)→法然(日本)と伝わり、私達の元に届いているのです。
この教えを聴きたくて、昔の方は 命懸けで天竺(インド)を目指されました。
この教えを 授戒会では惜しみなくお説きします。

今から2600年前に実在されたお釈迦さま。
生身の体で仏となられ、阿弥陀仏のご存在を発見され、その救いを説法されました。

少し前までは、時期が近づいたら 当たり前に法要を勤める … という感覚でしたが、価値観が多様化し、生活様式が大きく変わってきた現代では、させてもらえることに喜びを感じます。 ” 理屈 ” は色々ありますが、” 行動 ” が伴う難しさを感じる今日この頃です。ハロウィン等でバカ騒ぎをすることを恒例化し、感謝の心を捧げる時間を ” 宗教 ” という名目で蔑視する現代教育や政治は、本当に正しいんでしょうか・・・。生きる指針がなければ、心や行動がチグハグになります。

ハッとさせられる言葉を見つけましたので、ご紹介します。
「人の心を見る唯一の方法」それは、【相手の行動を見る】ことです。たとえば、「この仕事大好き!」って言っている人がいるとします。しかし、その人の行動を見れば、本当はどう思っているかなんてスグに分かるものです。仕事中の表情も、声のトーンも、歩き方さえも、一つひとつの行動を見れば分かります。休みの日も勉強してたら、仮にその勉強している姿を見ていなくても分かるものです。

「仕事好き!」って言っても、そこまでの行動をしていない人は大勢います。つまり、「好きって言っているけど本当はそこまで好きじゃない」という心が見えるはずです。「お客様を大切にしていきます」と言ったところで、【行動】が伴わなければそれは大切にしていないのと一緒で、そこまで強く思っていないのです。そういう心は誰でも見えるものです。誰かのことが好きだって気持ちも、そのための【行動】(たとえば自分を磨くとか、勉強頑張るとか、試合に勝つとか、一生懸命働くとか)していなければ、そんなに思っていないということです。

「好きだけど、そこまで好きじゃない」が、 自分以外の全員にバレていると思った方がいい。

相手の心を知りたかったら、相手が言ったことはハッキリ言ってどうでもいい。【相手の行動】にすべてが隠れています。人に信用される人、出世する人、お金持ち、プロスポーツ選手、つまり「成功する全ての人」は、【「行動」が伴っている】のです。もし、実力が無いのにプロ野球の監督さんが知り合いで、裏口から入れてもらったとして、どうなると思います?間違いなく、結果は残せず、ファンからは袋叩きにされ、起用した監督も批判されるでしょう。

「行動」が伴っていないので、実力もつかないからです。

「ごめんなさい」も、「ありがとうございます」も、そこに【行動】が無かったら、思っていないのと一緒だと思います。遅刻してしまったら、その日は一生懸命働くのもそうですが、次の日に誰よりも早く行くとか、有難いな~と思ったら、社長だったら給料を上げたりご馳走したり、部下だったら今まで以上に頑張る行動を増やしたり、そうやって行動し合うからこそ「信頼関係」が深まっていき、最強の組織(家族、チーム、会社、等々)になっていくのではないでしょうか?

あなたがどう思っているかなんて、みんな知っている。

「そんなことない、違う」と言ったところでそれは、そう思いたくないだけで、実際は【行動がすべて】。(『魂が震える話』けい)

西願寺では、次なる ” 行動 ” として 2021年10月9,10,11日に「授戒会(じゅかいえ)」【仏教徒としての生きる指針を学び、戒名を授かる儀式】を予定しています。準備委員会が一丸となって ” 行動 ” を起こしてますので、共々に阿弥陀仏、善導大師、法然上人の ” 救いのトライアングル ” を学ぶと共に、道をお示し下さったお釈迦さまの弟子になることを 心よりお勧め申し上げます。合掌

十夜の総回向として、多くのご参拝をいただきました。

法話は近江八幡市内の北元明教上人。3年後の授戒のお説教をお願いしています。

北元上人は私より3つ先輩の和尚さまです。
西願寺の授戒会は、受者はもちろんですが、近江八幡市内の僧侶も切磋琢磨しながら進めたく思ってます。    市内の僧侶方だけで勤められれば、今後、各ご寺院の檀家様に負担が少なく勤められるのではないでしょうか。
右上でメモを取ってるお上人は見えますでしょうか?

勉強熱心な柴田上人。若手のホープとして、3年後 期待してます(笑)
八幡市内の僧侶方よ、チェスト!!

〈西願寺授戒会について〉
・参加費用は6万円に決定しました。あと先祖回向を承ります。参加者には戒名の巻物、数珠、袈裟、経本、浄衣をお授けします。(昼食あり)
・宗派は問いません。(但し、浄土宗の作法となります)
・執拗な勧誘は致しません。後に檀家になる必要もありません。
・あくまで修行ですが、勉強会の延長で信仰を深めていく感覚でいていただければと存じます。(希望者はイス席です)
・亡くなった方への授戒【贈授戒(おくりじゅかい)】、遠方や病気、仕事等で西願寺に来れない方(欠席)の相談もお受けします。
・定員になり次第、募集を締め切ります。ご了承下さいませ。

最近、種々の問い合わせが増えてます。授戒会の他、骨仏、永代供養、琵琶説教、葬式、ペット、水子供養等々は090ー6600ー6418まで 気楽にどうぞ。

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ご縁に生きることが妙法

日の暮れが早くなり、秋の気配が深まって参りました。この時期はお寺の行事が多く、色々な所へ琵琶説教のお招きを受けます。そんな中、秋のお彼岸から半月ごとに伺っている地域があります。それは山口県の周防大島(すおうおおしま)。最近、何かと話題の地域です。ご存じでしょうか?

京都から広島駅で乗り換え。在来線で1時間半揺られ、最寄りの大畠駅に到着します。

今年の8月に 2歳の藤本理稀(よしき)ちゃんの行方不明で全国に大々的に報道され、9月には大阪の警察署から逃げ出した樋田淳也(ひだ じゅんや)容疑者が、道の駅に約一週間滞在したということで話題になり、極めつけが、10月22日の貨物船衝突による大島大橋の通行止めと島全体の断水・・・ニュースで見ない日はないくらい有名な島となりました。実は 昨日まで行って来ました。

スーパーボランティアの尾鼻春夫さんの活躍が放映されました。

樋田淳也容疑者足取り

本土と結ばれてる唯一の橋。今年の1月にも断水の被害に遭われました。
送水管やケーブルが通っており、現在も大変な被害に遭われてます。

本来は11月1日~5日まで、五日間のお寺の法要のご依頼で、私は その間に8講演をする予定でしたが、事故の影響で 4、5日の二日間で3講演に短縮されて 再依頼をいただきました。伺った時、本州と結ばれてる橋は何とか通れましたが、島は依然として断水状態でした。飲料水はもちろん、洗濯の水、トイレの水等々、まだ給水車頼みで不便な状態にもかかわらず、寺内の皆様に本当によくしていただき、恐縮至極でした。そんな中、力強く、明るく過ごされてる島民の皆様に、講師の私が勇気をもらいました。

被害に遭われている聴衆を目前にして、なんとお声をかけて良いか解りませんでしたが、弁天さまがフッと浮かび、説教を始めました・・・今年の周防大島は、様々な「水」の被害に苦しんでらっしゃることと存じます。本日からの講演は「琵琶説教」。琵琶と言えば、七福神の弁天さまをイメージされる方が多いと思います。弁才天は、元々、インドの水神・サラスヴァティだと云われます。サラスは「水」を意味し、さらさらと流れる水の音が音楽を奏でる連想から ” 音楽の女神 ” になったのです。それが日本で琵琶を持った弁才天の姿で現されました。弁才天の由来は、流暢に流れる水の音から ” 音楽 ” の他に ” 言葉 ” の神にも見立てられ 「言葉(弁)と才に優れた神」。それが弁才天の名前となり、弁舌、才能(音楽、学芸)の女神として信仰されたのです。この時期に 水神がお持ちの琵琶を聞いて頂くのは、深いご縁だと存じます。そういった思いで この2日間。琵琶に耳を傾けていただき、祈りを捧げる時間がとれれば幸甚です・・・「オン ソラソバテイエイ ソワカ」(弁才天ご真言)

サラスバティ
正式には「弁才天」ですが、当て字の「弁財天」の方が有名になりました。

説教の最後に、良寛さまのお言葉を紹介して終わりました。
災難に逢う時節には災難に逢うがよく候
死ぬ時節には死ぬがよく候
これはこれ災難をのがるる妙法にて候

災難に逢うときは災難に遭い、死ぬときには死ぬしかない。私たちがどんなに手を尽くしてもそれは変えられません。だとしたら、それらを受け入れて生きるしかないという意味の言葉です。どんなに不運が続き、大災害に逢おうとも、それは紛れもない命の現実の姿でしかなく、そのことを「災難」としてしか捉えることができないならば、どこまでもその不運を嘆いて生きていくしかありません。全てを受け入れ、ご縁を大事にすることが 幸せに生きる妙法なんだと思います。

次回は2024年11月。6年後の予約をいただきました。先日買った五年手帳でも追いつきません(笑)。その時には、今回の出来事がよい思い出として島の皆様と話せたらと存じます。合掌

このような時期ですので参拝者があるか心配でしたが、昼夜とも大盛況でした。
参拝者にお配りした「倍返り御守」100枚が一席目でなくなりました。
西願寺のカエル毘沙門天の御利益があることを心よりお祈り申し上げます。

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善導忌(平成30年)

今晩、西願寺の三大法要の一つ、善導忌(ぜんどうき)を勤めました。檀信徒をはじめ、隣寺のご住職方や総代、詠讃会、尼講、有縁の方々に参列いただき、法然上人の師匠である 善導大師を偲ばせていただきました。

善導大師

法話は 滋賀県の布教師会会長・西川章生上人に授戒の話をしていただき、ユーモアをふまえ、わかりやすく仏教入門をお説き下さいました。西願寺の授戒会(じゅかいえ)は、2021年10月9日(土)、10日(日)、11日(月・祝)に行います。これから授戒会本番までの三大法要は、授戒を中心にわかりやすい法話をされる方をお招きしますので、檀信徒以外でも聞きに来ていただければと存じます。それから授戒を受けられるかをお決めいただければ結構です。仏教的な生きる指針を授かり、仏教徒になってもらうのが授戒会です。興味のある方は、心に留めていただければ幸いです。

善導忌法要

西川上人のお説教。好評でした^^

吉永 賢一氏のお言葉です。
「最高の日って、どんな日でしたか?」「最高の一日って、いつですか?」という質問に、「彼女(彼氏)と出会った日です」「結婚式の日かな」「〇〇大会で優勝したとき」「大学に受かったときです」など、いろいろな答えが返ってきます。

このような答えはことごとく貧乏発想です。なぜかというと、みんな過去のことだからです。過去の一日が最高の一日だったということは、今日よりよかったということです。つまり、その最高の日と比べると今日は落ちているわけで、それは下り坂の人生を生きているということになるから貧乏発想なんです。

もっと詳しく説明すると、今日という一日が過去よりも下なのに悔しくない、というところが典型的な貧乏発想です。上に行く人は常に進化しています。ですから、最高の一日は今日でなければいけない。だからこそ、今日が人生最高の一日になるように挑戦し、毎日毎日生きるわけです。そして過去ベストを更新し続け、「今日が人生最高の一日だったな」と夜に思う。そしてまた次の日の夜には、「今日こそ最高の一日だったな」と思う。これをどこまでできるかです。(『東大卒でも貧乏な人 高卒でも成功する人』 総合法令出版より)

仏教の修行をして戒名(仏教の名前)を授かることは、新たな人生の第一歩となります。仏縁を通じて、この世のみならず、あの世まで進化し続けようという決意の現れが授戒です。共に「この世とあの世を貫く幸福」を獲得しましょう。合掌

〈西願寺授戒会について〉
・参加費用は6万円に決定しました。あと先祖回向を承ります。参加者には戒名の巻物、数珠、袈裟、経本、浄衣をお授けします。(昼食あり)
・宗派は問いません。(但し、浄土宗の作法となります)
・執拗な勧誘は致しません。後に檀家になる必要もありません。
・あくまで修行ですが、勉強会の延長で信仰を深めていく感覚でいていただければと存じます。(希望者はイス席です)
・亡くなった方への授戒【贈授戒(おくりじゅかい)】、遠方や病気、仕事等で西願寺に来れない方(欠席)の相談もお受けします。
・定員になり次第、募集を締め切ります。ご了承下さいませ。

最近、種々の問い合わせが増えてます。授戒会の他、骨仏、永代供養、琵琶説教、葬式、ペット、水子供養等々は090ー6600ー6418まで 気楽にどうぞ。

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自分の作り方

先日、アトリエシムラ主催の勉強会に招かれ、琵琶説教を勤めてきました。人間国宝で染織家の志村ふくみ師と洋子先生からのご依頼で実現しました。文化を広めるという観点で、様々な角度から学びの場を提供されるお姿に頭が下がります。本来、寺院がその役割を担うべきですが、意識のない僧侶が多いことは恥ずべきことだと思いました。

説教の最後は、ロウソクだけの暗闇の中、「耳なし芳一」を語りました。

説教の最後は、ロウソクだけの暗闇の中、「耳なし芳一」を語りました。

当日は台風24号が近づいているにもかかわらず、60名近くの方がご参加下さいました。福岡から日帰りで琵琶を聴きに来て下さる方もありました。メインの演目は、志村家の先祖とされる「那須与一」。琵琶はタイムマシーンのようなもので、時空を超え 現代にその状況を伝えることができます。様々なご縁が絡み合って今があると思うと、感慨深いものがあります。最後は 志村昌司氏と濱崎加奈子さんとの鼎談(ていだん)で、あっという間の2時間でした。それぞれの分野の方と 公開の対談でしたので、独特の緊張感がありました。同じ思想の方々との馴れ合いではなく、それぞれの立場を主張するには、” 自分 ” というものを持たねばと思いました。

あおいさんの言葉を引用します。
人が過ちを犯す過程とは、まず自分を失うこと、そして失った自分を違う誰かに委ねてしまうこと。まわりに流され、まわりと一緒というだけで安心してしまい、自分の発言や行動から ” 自分 ” がなくなって、無責任に無自覚に過ちを犯してしまうってことです。「和を以て貴しとなす」とは言うのですが、和と同は似て非なるもの。これは決して同調をよしとする言葉ではないのです。

人間は 暇と忙しさのバランスではなく、” 人と関わる時間 ” と ” 一人の時間 ” のバランスが大事なのだと思います。人と関わる時間が多過ぎても自分が亡くなります。また、一人の時間が多過ぎても社会に適合できなくなってしまいます。自分が自分で在りながら社会に適合するためには、人と関わる時間と、一人の時間のバランスを取っていかなければいけないということ・・・人との交わりと、孤独の研鑽が ” 自分 ” を作っていくものだと学びました。合掌

有斐斎弘道館(ゆうひさいこうどうかん)にて

有斐斎弘道館(ゆうひさいこうどうかん)にて

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わたしは、私

最近、住職のスケジュールが過密で、分刻みのスケジュールとなっています(笑)。日々の法務や奉職寺院への奉仕、琵琶説教やお葬式 等々、ベクトルが全く違う勤めが うまく回っているのが 我ながら不思議です。様々な ” 縁 ” によって上手く運んで下さってると思えば、本当に報恩感謝の毎日です。

世間でも色々ありますね。最近の出来事ですと、同世代の安室奈美恵さんは 見事な引き際を見せてくれました。また 特に印象に残っているのは、15日に逝去された樹木希林さん生き様です。ここまで ” 諸行無常 ” に逆らわず、自然体で 自分らしく生きれることは素晴らしいなぁ … と、僧侶の立場から見ても 素直に尊敬させられる人でした。

2016年に樹木さんが勤められた西武・そごうのCMの言葉です。

今年、あなたはひとつ歳を取る。

その度に、歳相応にとか、

いい歳してとか、つまらない言葉が、

あなたを縛ろうとする。

あなたは、耳を貸す必要なんてない。

世間の見る目なんて、

いつだって後から変わる。

着たことのない服に袖を通して、

見たことのない自分に心躍らせる。

他の誰でもない「私」を楽しむ。

そんな2017年が、

あなたには必要なのだから。

年齢を脱ぐ。

冒険を着る。

今の私に染み入る言葉です。住職は求めに応じて 予定を合わせますので、プライベートがどんどん削られます。よく言えば ” 無私 ”なる精神ですが、悪く言えば、自らの心身の声を ” 無視 ” している状態なのかも知れません。希林さんや安室ちゃんのように、心と体のバランスを取って、あせらず、おこらず、いばらず、くさらず、まけないで生きていきたいと思いました・・・そして「私」を楽しめれば最高ですね^^。合掌

西部・そごうのCM

西部・そごうのCMから借用
琵琶法師ですが、樹木希林さんのようにロックに生きたいと思いました!(笑)

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最高で本物の強さ

8月は様々なスポーツ観戦をしました。第100回の高校野球は 大阪桐蔭高校が春夏連覇、金足農業高校の健闘もあり、大いに盛り上がりました。また インドネシアで行われたアジア競技大会も 日本はメダルラッシュで、沢山の感動をいただきました。 

この健闘を見ていて、” 強さ ” って何だろうって考えました。私が修行させてもらっている京都の師匠は 20年以上お仕えしてますが、常に冷静な眼で物事を判断され、謙虚、礼節、敬いの精神を大切にされています。忍耐に欠ける人は、そのような無私なる精神を ” 弱さ ” にとらえる人もいますが、ゆくゆくは その温かさが 皆を幸せに導いてらっしゃることを 私は目の当たりにしています。それは時間が経つとわかる ” 強さ ” です。このような 器の大きな師匠 のお側に居れるのは 最高の悦びです。

逆に ” 強さ ” を外に向ける人がいます。皆様の周りにもいらっしゃいませんか? 世界の有名な政治家やカリスマ的な経営者、また 権力のある坊さんでも構いません。想像してみて下さい・・・そういう方は、遠目で拝見する分には 魅力を感じますが、近付くと大変です。その場 その場で発言が変わり、都合に合わせて口撃し、嘘にウソを固め、” 己の強さ・正しさ ” をアピールされます。そうしないと、自らの地位が守れないからです。残念ながら、そのような強さは ” 強がり(強我利) ” となります。その強烈な個性や才能に惹かれ、また 術のような言葉に酔いしれて 人は寄ってきますが、保身のため 縁切りを繰り返して 周囲を混乱させる・・・そういった話を聞くにつれ、先の師匠のように 自分に出来ることを地道に勤め、我をおさえ、時間に耐えながら、周囲を淡々と幸せにすることこそが ” 本物の強さ ” だと思うのです

いつも申しますが、強腕による輝きではなく、年齢を重ねるごとに いぶし銀のような光を出せるような方が本物だと思います。それは 器の大きさであり、時間が証明するものだと確信します。今夏は オウム真理教事件の節目でもありましたが、師匠を間違えると 人生が狂ってしまいます。

DJあおいさんのお言葉です。
強く見られたい人は
自分より弱い者を探します
強くなりたい人は
自分より強い人を探します

強く見られたい人は
常に自分が上となるコミュニティに身を寄せます
強くなりたい人は
常に自分が下となるコミュニティに身を寄せます

強く見られたい人は
自分が弱いことを認められない人です
強くなりたい人は
自分が弱いことを認めている人です

強く見られたいと思っている人が
弱い人なのです
強くなりたいと思っている人が
強い人なのです

見られたいのか
なりたいのか
他者評価が欲しいのか
自己評価を上げたいのか
他人は騙せても
自分は騙せない

弱くてもいい
強くなりたいと思える人であってください

高校野球では、金足農業の特集ばかり挙げられてますが、私は勝つことを宿命づけられ、優勝した大阪桐蔭ナインに感動を覚えます。優勝が決まった瞬間、主将の中川卓也選手の目から涙が止まりませんでした。「去年の自分のミスで負けて始まった新チーム。春夏連覇という目標だけをもって戦ってきた」と喜びを語り、西谷監督の「中川が作ったチーム」という言葉について問われると、言葉に詰まり「自分が作ったチームというよりは周りの皆を支えてくれて、受け入れてくれたおかげ。本当に感謝したい」とチームメートに感謝されてました。最後に「最高で本物のチームだった」と満面の笑みに、これこそが ” 最高で本物の強さ ” だと学ばせていただきました。彼こそ 時間に耐え、器を広げられた ” 強さ ” の手本であると存じます。我々もパフォーマンスではなく、心の底から沸き上がる 感謝やお陰、ご恩やありがとうを大切にしていきたいものです。合掌

中川キャプテン(右)と根尾副キャプテン(左)                                                   このまま謙虚、礼節、敬いを忘れなければ、明るい未来が待っていることと存じます^^

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お盆の終わり

無事にお盆の行事を勤めることができました。西願寺は今まで二代三代の僧侶が 盆行事を分担してましたが、今年から僧侶が住職のみ。得度を受けた息子達が よく頑張ってくれました。この繋がりは一日にしてなりません。様々な縁に感謝です。

長男の棚経(たなぎょう)デビューにケーキを下さる檀家さまがありました(嬉泣)

最近思います。指導を受けてる立場の時は やらされてる感が強く、終えた時には自己達成感でいっぱいでしたが、実際しんどいのは指導する方なんだぁ … と。私も これまで育てていただいた方々に感謝ができる年齢になりました。特にお盆は そいうことを感じさせてくれる大切な時期です。

素敵な話が紹介されてました。
まだ私が小さい頃、父と母がすでに他界していた為 おばあちゃんが私と兄を育ててくれていたのですが、遠足などある時は いつもおばあちゃんの手作りお弁当を持って行きました。でも当時おばあちゃんが作るお弁当は おにぎり2つだったので、同級生の子達のかわいらしいたくさんおかずが入っているお弁当がうらやましかったんです。お弁当箱もキティーちゃんとかマイメロディーなどのかわいいお弁当箱なのに、私は銀紙で包んだおにぎり2つだったので、おばあちゃんに対して「こんな変なお弁当つくらないでよ」「はずかしいからやだ」とはき捨てたり、せっかく作ってくれてもわざと持っていかなかったり。そんな酷い孫に対して、おばあちゃんは決して叱ったりしませんでした。

そんなある日、1度かわいいスヌーピーのお弁当箱にハンバーグや玉子焼きが入ったお弁当を作ってくれました。おばあちゃんなりに他の子達はどんなお弁当を作ってもらっているのか一生懸命考えて作ってくれたのです。おばあちゃんは、「ごめんね、かわいいお弁当っておばあちゃんの時代なかったからわからなかったのよ・・・これなら恥ずかしくないかねぇ」と、シワシワのとても暖かな手でお弁当を手渡してくれました。今思い出すだけで、私はおばあちゃんになんて酷い言葉を吐いていたんだろう、なんて最低な子供だったんだろうと涙が出てきます。

おばあちゃんのおにぎりだって、本当はとってもとってもおいしかったのに、「おいしかったよ」の一言も言わなかった。本当にこんな酷い孫でごめんねおばあちゃん。今私は結婚し、子供にも恵まれました。おばあちゃんに曾孫を抱かしてあげる事ができ、幸せそうなおばあちゃんの優しい笑顔を見るとこれがあの頃の恩返しになれば私も幸せに思います。うちの子はおばあちゃんの作るおにぎりが大好物なんですよ。もちろん私もです。ありがとうおばあちゃん。ずっとずっと長生きして下さい。大好きです。

子供の頃や、仕事を始めたばかりの頃は、自分の力で大きくなったような気がしていました。しまいには教え方がヘタなどと言って、相手のせいにすることもありました。今思うと、とんでもない勘違い野郎です(笑)。どんな想いで育ててくれたか、どんな気持ちで生意気な後輩を指導してくれたか、その「愛」に気づかず、自分だけがすべての子供のような新人でした。自分が教える立場になり、育てる立場になり、どれほどの「愛」を注いでもらったかに気づきます。(「魂が震える話」より)

我々は まず「自分の現在地」を見つめることから始めましょう。今 置かれている「現在地」を確認し、謙虚に感謝できれば 過去も未来も輝きます。逆の人は、見ていて痛々しい餓鬼になってしまいます。すべてがうまくいきません。「幸福の青い鳥」は他にはいませんよ。

心より過去 現在 未来、すべての方々に感謝、ご恩、ありがう、おかげさまの心を捧げます。今、幸せをしみじみ噛みしめています。合掌

施餓鬼をしてますと、縁側に餓鬼の足跡らしきものが浮かびあがってきました。念いは通じるものです。              逆に人間には 念いが通じにくいものです。自分で気付かねば救われない世界です。

大阪の棚経で 龍神様に祈りましたら、雲が龍の頭になりました。竜眼もしっかり確認できました。

三界萬霊に供養中に 虹が架かりました。様々な念いが反応してくれたお盆でした。

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お盆の始まり

平成 最後のお盆が始まりました。西願寺は浄土宗ですので、盆行事は丁寧に勤めます。大きく分けると三行事があり、①墓参り、②住職が各家に伺う 棚経(たなぎょう)、③壇信徒がお盆の仕上げに詣る施餓鬼(せがき)があります。田舎のお盆はバカンスではなく、先祖と共に生きる風習にあります。

二日とも 上天気でした!

昨日と今日は墓参りがあり、2日間で45軒の読経をしました。西願寺の墓参りは 墓と本堂の二カ所で勤めます。今年から墓の担当は長男と二男が勤めてくれました。これには本当 助かりました(涙)。住職独りで勤めていれば、墓所と本堂は大渋滞。私自身もこの暑さで倒れていたかもしれません。その他、参られた方への応対を含めると、寺族全員で力を結集せねばなりません。この日に向けて、心を一つにして ご先祖様はもちろん、参詣の壇信徒や親戚縁者を快くお迎えする・・・墓参りに関しては 住職だけではなく、寺内の気概が必要な行事です。年々環境が変わる中、今年も無事に伝統を引きつげ ホッとしています。しんどい中でも、楽しみながら勤めさせていただきました^^。

総代様のご厚意で、簾で日陰を作っていただきました。

参詣の子供達には、お菓子の授与です!

歴代上人も続けてこられた伝統を、今年も勤められました。

大富豪の斎藤一人さんはこう仰ってます。
「私はね、中学を卒業したとき、働かずにお金を稼げるんじゃないかと考えたんだ。その頃、自分が天才だと思っていたんでね。だけど、どんなに考えてもその方法は見つからなかったの。それで、次に考えたのは、『楽しく、笑って、働くこと』だった。これを実践したら、仕事もうまくいって、お金儲けもうまくいくようになったんだ」

仕事が好きで、喜んでいただくのが好きで、その仕事を楽しんでいる人のところにお客さんが集まっているのではないでしょうか。嫌々仕事をしていると、なぜか嫌な仕事が次から次へとやってくるものです。楽しんで仕事をしていると、なぜか楽しい仕事が次から次へとやってきます。楽しんでいる人は、たとえ上手くいかないことがあったとしても嫌いにはなりません。その上手くいかないことを「面白がる」のです。どうしたら次は上手くいくのかと、ワクワクしてしまうのです。元々そんなポジティブじゃないので出来ません・・・という人もいますが、ポジティブかどうかは、持って生まれた素質や性格ではありません。自分がしてきた「習慣」が、「ポジティブ習慣」なのか「ネガティブ習慣」なのかに、よるのです。

本当に色々ありますが、亡き人や壇信徒の交流を『楽しく、笑って、働くこと』を意識しながら勤めます。様々なご加護を念じ、今回のブログを結びます。合掌

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現在地を見つめる

先日、2018年 FIFAサッカーワールドカップ ロシア大会が無事に閉幕し、フランスが見事 優勝しました。日本代表も前評判を覆し、ベスト16の大健闘でした。その中でも2ゴールを決めた乾貴士選手は、地元・近江八幡の出身で、昨日、市民栄誉賞が授与されました。私の母校・八幡中学校の後輩に当たるのが 密かな自慢です(笑)。選手の皆様、感動をありがとうございました!

この健闘は ” 過去 ” からの地道な積み重ねが ” 現在 ” の結果に至り、それが ” 未来 ” に繋がっていくものだと存じます。過去、現在、未来・・・どれも大切ですが、結局は ” 現在の自分 ” とどれだけ向き合えたかにかかっているのではないでしょうか。これは評論家やファンにはわからない世界です。

ひすいこたろう氏と大嶋啓介氏の『前祝いの法則』に こんな話がありました。
夢を明確にするだけでは、実は夢は叶いません。たとえば、カーナビで「行き先」を指定しただけではそこに着けません。もう一つ、「現在地」も入力する必要があります。では、あなたの人生において、「現在地」とはなんでしょうか?「現在地」とは、あなたが現在、ありのままに感じていること、そのすべてです。つまり、自分が感じてることを否定せず、いま、そう感じているんだなとありのままに受け入れ、認めることができたら、「現在地」が定まるのです。

たとえば、寂しいとき「あっ、私はいま寂しいんだな」とそのまま認めれば、現在地は明確になるのに「寂しい私はダメだ」とジャッジし、否定するので「現在地」がブレてしまうのです。自分が感じていることを、そのまま素直に認めてあげればいいんです。いままでにいろんな成功法則や引き寄せの法則が流行りましたが、結果が出る人と出ない人がいます。

「その違いはなんだろう?」と研究した友人がいます。さて、なにが違ったのでしょうか?それは自分を好きかどうか、自分を受け入れているかどうかでした。つまり、「現在地」が定まっているかどうかだったのです。

「未来」=「心」(あなたのいまの心の状態)×「行動」

自分を嫌っているということは、「自分の心の状態」がマイナスなわけですから、どんなメソッドや行動を取り入れても、未来がなかなかプラスに反転しないのです。また、「やりたい」ではなく、「やらなければいけない」と嫌々やっているときも、心の状態がマイナスですから、奇跡は起きにくいわけです。そして、この心の状態が最高の状態はなにかというと、心から面白がれているときや、また、感謝があふれているときなのです。感謝のエネルギーが一番高く、感謝までいけば奇跡は頻発します。(フォレスト出版) 

まさにその通りだと思います。我々は 夢を語るに ” 現在地 ”(今の自分)を知らねばなりません。私は一瞬の煌めきを持ってる人よりも、長く物事を続けてらっしゃる方に惹かれます。それは地に足を付けて 今を行動をされてるからです。

・・・ ” 点 ” が繋がり ” 線 ” となり、 ” 線 ” が繋がり ” 縁 ” となる ・・・

その地道な姿が、過去も未来も明るくするものだと確信します。来月はお盆です。ありがとう、お陰さま、感謝、ご恩の精神で ” 現在地 ” をしっかり見つめ、ご先祖さまに報恩の誠を捧げましょう。合掌

追伸 : 例年通り、特別施餓鬼(盆供養)を承ります。戒名(もしくは生前のお名前)や願い事を西願寺にお送り下さい。【一霊(一祈願)1000円です】

小西市長からトロフィーを授与される乾選手

滋賀県からは県民スポーツ大賞特別賞が贈られました

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