月別アーカイブ: 4月 2017

人形供養

先日、公益会館さま主催の「人形供養」にお招きを受け、おもい入れのある人形の供養をさせていただきました。供養の日は3月26日。ちょうど「ひな祭り」の月でした。今でこそ 女の子の成長を祝う ひな祭りですが、かつては男女関係なかったと云います。本来は、すべての子供の成長を祈り、絢爛豪華な人形を祀るのが ひな祭りなのです。 人形の供養は 「流しびな」が発祥だと云われます。人形(ひとがた)を紙で作り、自分の持つ ” おもい ” を書き込んで海や川に流し、厄落としをするという民俗信仰ですが、ひな祭りの風習と合わさり「人形を飾ると、幼い子供の身代わりとなって厄災から守ってくれる。そのお役目を果たした人形を丁重に供養しよう」という習慣が生まれたと思われます。今は 一口に人形と言っても 様々な形・用途がありますが、その根底には、その物への ” おもい ” が込められていました。 実は、この「おもい」というものには3種類あることはご存知でしょうか? ” 思う→想う→念う ”・・・右に行くほど「おもい」が強くなりますが、よく見ると すべて「心」という文字が付いています。人間は、やはり「心」で「おもう」のです。そして「おもい」の違いは、上に付く文字で見分けます。             ・思う … 田に心と書きますが、田は頭を意味します。頭と心ですので、いわゆる頭で物事を考え思うこと。つまりは、頭による 浮かんだ思いのこと。 ・想う … 相の心、相手への心遣いです。ある対象を思い描くこと。つまりは、想像の想ですから、「思い」よりも、ある程度継続した 想いのこと。 ・念う … 今の心。いわゆる、込めたおもい。音読みでネン。念力という言葉があるように、辞書には「心中深くかみしめる。いつまでも心中に含んで考える」とあります。 しかし 現代は、あまり一つのことに「おもい」を寄せることが少なくなってきました。便利な世の中になりましたが、物は使い捨て … ご飯を食べるときも携帯を見ながら … 「おもい」の低下で、感謝の気持ちをなくしているのが現代人だと思います。そんな中、しっかりと「人形供養」を勤められる方々は、本当に尊いものだと感じました。 「おもい」の積み重ねが幸福を招くと信じるのが仏教です。人形への おもいが機縁になって、益々のご多幸を得られるようお祈りさせていただきました。関係者の皆様、参拝の皆様、誠にありがとうございました。合掌    

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「もらう」ことの尊さ

新年度になりました。読者も様々な環境になっておられることと存じます。ご自愛下さいませ。年度末、アルス・シムラの生徒さんから袈裟(けさ)の布施がありました。ご存じ、アルス・シムラは人間国宝・志村ふくみ師と志村洋子先生が開講する染織の芸術学院です。ちょうど奉職寺院が志村家の菩提寺となりますので、新年度の研修で 全生徒が参拝されるのです。その際、ふくみ先生と同郷(近江八幡)ということで、いつも私が案内させてもらいます。昨年の案内時、北陸出身の生徒さんから 私の着けていた ” 袈裟 ” について質問がありました。次のように答えた記憶があります。 「昔、インドでお釈迦さまが説法を行っておられた頃のこと。お坊さまたちは、仏教を人々に説いて廻っていました。当時、自分で生産活動を行ってはいないお坊さまは、衣食を人々の施しによってまかなっていました。ある日、いつものように説法をして各家々を廻っていたときのこと。ある貧しい家で、「たいへんよいお話を聞き、生きる希望が湧いてきました。しかし ご覧の通り、私の家は貧乏で、お坊さまにあげる物は何一つありません。差し上げられる物といえば、赤ん坊のおしめに使っているこの布ぐらいです。このような物でもよければ・・・」お坊さまは ありがたく、汚れて黄色くなっている布をもらいました。そして その布を寄せ集め、つぎはぎして衣を作って着たのです。これが「袈裟」の起源と云われます。それを証拠に、袈裟の基本色は黄土色で、小さな布をつぎはぎした模様でできているのです。また袈裟の名称は「カーシャ(汚れた布)」からきています。最後に・・・お坊様に施しをすることを布施(ふせ)と言いますよね。漢字にすると「布を施す」と書きます・・・わかりますか? そう、この逸話が「布施」の起源なんです・・・誠心誠意、おしめ(布)を差し出した … ここから、心を込めてお坊さまに施しをすることを ” 布施 ” と云うのです」 この話を聞いた生徒さんが、「卒業時に袈裟を布施させて下さい!」とおっしゃいました。それが卒業前日に実現したのです。奉職寺院にはお釈迦さまが祀られいます。その前を2年間、手を合わせてから 近くの工房へ通い詰められた生徒さん達が、袈裟を奉納されたのです。これこそが ” 真の布施 ” だと思いました。 最後に田中信生氏の言葉をご紹介して、今回のブログを閉じます。 実は、与えるために「もらう」という気持ちが必要です。どんなにたくさん持っていても、与えつづければいつかはなくなります。親切にして「あげる」というのでは、いつかエネルギーがなくなってしまいます。親切をさせて「もらう」、掃除をさせて「もらう」と どんどんエネルギーが増えていき、疲れることがありません。(『そのままのあなたが素晴らしい』 ダイヤモンド社) 「~してあげる」ではなく、物事に「もらう」という気持ちを付けると 喜びが無限に膨らむのではないでしょうか。「何事も、させて” もらう ” 」。この気持ちが ” 布施 ” につながります。平成28年度ご卒業の7名の皆様、ありがとうございました。大切に功徳を積ましてもらいます。新年度からの 益々のご活躍を祈念いたします。合掌

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