月別アーカイブ: 9月 2016

流れる水は腐らず

お彼岸に入りました。多くの方が墓詣りをされてます。祖父母が墓参りの際、「受けた恩は石に刻み、与えた恩は水に流せ」と言って、墓掃除をしていた事を思い出します。仏教では、どんな小さなことにも必ず原因があると教えられます。自分が恵まれていることにも原因があり、その「原因を知る心」を「恩」といい、この幸せは ” 何のお陰か ” を知り(知恩)、感じ(感恩)、報いる(報恩)よう努めることが非常に大事だと説かれています。 植西聰氏のお言葉です。 「流れる水は腐らず」ということわざがあります。「流れる水」とは、「少しずつでも努力し、前進していくこと」を意味しています。とにかく結果が出なくても、思い通りにならなくても、少しずつでもいいから前進していくことが大切です。あせらずに努力を続けていくことです。そうしていれば「気持ちが腐ることはない」のです。気持ちを腐らせることなく、少しずつであっても前へ向かって進んでいけば、どこかで希望が見えてきます。いい結果に辿り着く一歩手前まで来ていることに気づく場合もあります。大切なことは、止まることなく、前へ向かって歩き続ける、ということです。そして、歩き続けていれば、どこかで目的地に到達できます。それを教えてくれるのが、この「水は腐らず」ということわざです。歩みを止めれば、気持ちがどんどん腐っていくばかりです。(『「水」のように生きる』 ダイヤモンド社) 「流れる水」のように、サラサラと執着を流し、受けた恩だけは忘れない人は素敵です。受けた恩は石に刻み、与えた恩は水に流せ・・・恩の教訓は日本だけの真理ではありません。地球の裏側(ブラジル)にも こんな話があります。5年前、漁村に暮らす ある年配の男性が、油まみれになった瀕死の野生ペンギンを見つけ、懸命に介抱しました。その甲斐あって元気になったペンギンは、やがて名残惜しそうに海に帰っていきます。” もう二度と会うことはないだろう ” と誰もが思っていた次の年・・・なんと、そのペンギンが何百キロも泳いで男性に会いに来たというのです。以後も 毎年やってきたペンギンは、男性にだけ懐き、膝に乗って甘えてきます。そんな帰省は、「ペンギンの恩返し」として話題になっています。 これこそが ” 幸せの循環 ” ですね。お彼岸は恩を知り、感じ、報いる週間です。皆様の現状には 必ず原因があります。その ” 原因=恩 ” を知ると様々なことが好転してきます。どんな状況であれ 恩の歩みを止めなければ、必ずご加護があるのです。感謝の心を持って生きる人の方が、幸福感は大きくなります。合掌

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一座建立

先日、リオ・オリンピックが閉幕しました。メダル獲得数が41個という大健闘の日本選手団でした。日本人は体格では外国に及びませんが、団結力では優秀な民族です。体操、卓球、リレー、シンクロ … 団体戦では無類の強さを発揮し、我々に喜びと感動を与えてくれました。 茶道の世界に「一座建立(いちざこんりゅう)」という言葉があります。これは千利休の教えで、主客に一体感を生ずるほど充実した茶会となることをいいます。個々の輝きも大切ですが、一つの象徴(主客)に向かって調和すれば、とてつもない力や 得も言われぬ悦びが湧き上がるのです。同じ幸福を得るにしても、個人の幸せを優先するか、主客への敬いを先に考えるのか … 日本人は 本来、後者の考えを持つ民族でした。 瀬戸内寂聴さんのお言葉です。 人間が生きてゆくには、もちろんお金が必要です。健康が必要です。地位もほしいし、高価なものもほしいでしょう。けれども、そうしたすべてのものを手に入れても、人に愛され、人を愛する心がなければ、人生は殺伐としたものになります。愛する人があって、自分が愛されている自覚が、生きることにはいちばん大切なうれしいことです。この気持ちがないならば、生きていてもほんとうにさびしい人生です。幸福になるためには、人から愛されるのがいちばんの近道です。そのためにはまず、自分が他人を愛さないといけません。よくがんばっているなと、他人をほめる。そして自分が幸せな気分になるのです。自分が他人を愛して幸せになったら、そのあなたを見て、必ず人が近づいてきます。するとその人も幸せになったり、自分ももっと幸せになる。幸せとは循環なのです。 お寺の法事も同じです。法要の「主客」は もちろん亡き人です。故人と参列者が 共々に感謝の心に包まれれば、その場は 幸福に満ちた空間になります。住職は亡き人の変わりとなり、その家がうまく進むための法話をし、お食事をご一緒し、個々の愚痴や苦言をお聞きし(笑)、お家の調和をはかります。日々、色々な不満はあると思いますが、その場は一旦置いて、共に悦ぶ時間を作るが法事です。そして、互いに悦んで頂いた姿をみて、自らもまた悦ぶ、だからまた悦んで頂こうと心を尽くす・・・この循環、連鎖を拡げていけば、必ず幸福へと繋がります。法要は、この ” 幸福の連鎖 ” の確認作業と言えます。 4年後の東京オリンピックの頃は、どんな日本になっているのでしょう。西願寺にご縁のあった方々には、この幸福の循環を味わっていただけるよう精進する所存です。合掌

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