月別アーカイブ: 8月 2016

和魂洋才

お盆も佳境に入りました。今年は咳喘息を患い 体調不良のお盆でしたが、何とか乗り越えらそうです。皆様のお陰です。思えば 一人で盆詣りにデビューしたのが中学校1年生でしたので、あれから約30年が経ちます。 その間、明治、大正、昭和、平成と様々な方と接してきましたが、日本人の考えが変わってきていることを感じます。時代は ” 公 ” から ” 個 ” に急速に移り変わっています。その原因は、おそらく近代の日本人が 精神的な繋がり(自己犠牲による 助け合いの精神)を伝えることを軽視しすぎたことにあるのではないでしょうか。現代の若者は、過去から伝わる ” 公の精神 ” を語るだけで 猛烈なアレルギーを起こします。器を広げる(受け入れる)努力をせず、個人の楽しみに没頭する人が多くなった気がします。 あえて明治時代の方の手記を載せましょう(笑)。安珍清姫で有名な、和歌山県の道成寺管主・宏海老師の説法です。 頼みもしないのに親は勝手に生んだのだから養育の義務があり子にはそれをさせる権利こそあれ、親に対して孝行の義務はないなど口憚らず子供達に教えた教師が敗戦後にあったと確かにきいた・・・昭和20年10月米国の占領軍が民主化大改革を指令して以来、先ず学校では終身と歴史科を停止、続いて教育基本法・学校教育法公布、そして新憲法施行、日教組結成、刑法改定で不敬罪姦通罪を廃止し、民法改定で某国の嫌いな日本民族強固な基盤である家族制度を廃棄、親と子は別戸籍に分離せしめられたりでアレヨアレヨと言う間に敗戦の吾国世相は、革命的変化を来旨し、「父母ニ孝ニ兄弟ニ友ニ」の教育勅語で教育された明治人間には、愕きであり悲嘆でもあった。暫くして20数年、教育の欠陥は各方面に現れて、恐るべき社会現象を呈して来た。そして憲法改正の議さえ勃興、諸般を省みて今や修正を望む声が澎湃と湧き起こりつつある今こそ、取り戻さねばならぬもの多し。仏教伝持者の義務として特に道徳の復興、その根本は百行の基たる孝行精神の涵養こそ最大の急務であると考える。云々 日本には ” 和魂洋才(わこんようさい) ” という言葉があります。和魂洋才とは、日本古来の精神を大切にしつつ、西洋からの優れた学問・知識・技術などを摂取・活用し、両者を調和・発展させていくという意味の言葉です。明治時代以降、流入する西欧の文化や文物に対して、日本人がそれを受け入れる姿勢を表現したもので、つまり 知識や技術は受け入ても 日本人の心意気だけは守るという気概があったのです。この我慢が ” 粋 ” に通じます。お寺に集うものは、「七和三洋」というスローガンのもと、せめて我々のルーツである先祖(親孝行)は大切にしたいものです。合掌

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神仏仲良く

お盆の季節になりました。この一ヶ月は忙しい毎日が続きます。この時期になると、日本は本当に幸せな国だとつくづく感じます。世界はテロ行為に怯えていますが、日本では聞きません。お坊さんが盆詣りでスクーターに乗っていても 他宗教から襲われることはありませんし(笑)、檀家が墓参りをする際、他宗派から攻撃を受けることもありません(笑)。当たり前の話ですが、この何でもない幸せがあるのが日本だと思います。 それは 日本古来からの宗教観にあるのではないでしょうか。例えば 神社との関係。今は仏教と神道は別々に扱われていますが、明治政府が発足する前、日本は神仏習合といって 仏様と神様は同じ空間にありました。西願寺にも神棚は2つあり、薬師堂には役行者まで祀られています。昔は 同じ中にあったとしてもお互いを独立したものとして尊重し、寄り添う存在であったのです。また 御所には神社の他に仏間もあり、お坊さんになる天皇もいらっしゃいました。日本の場合、色々な所に神様が坐すという発想があり、また天皇も種々の宗教も認めておられたので、他国のような紛争はなく、国が統一する時は話し合いで国がまとまったという 世界でも珍しい国なのです。 青龍さんの言葉です。 「千年以上、習合されてきたのに、今では神仏分離になり、近年は必要とされなかったので仕方ないかもしれませんが、神主さんは仏教の事を知らない事が多く、お坊さんが神道の事を理解していない事が多いのが現状だと思います。個人的な願いですが、今後、夫婦がよりを戻すように、明治以前のような神仏習合する機会が増えれば、さらに日本という国は、柔軟性とおおらかさが増し世界から賞賛される平和な国になるのではないかと思います」 このお言葉通り、日本は幸せな国とはいえ、柔軟性やおおらかさ が利かない風潮があるのも事実です。これは日本人が 信仰というものを否定的見ていることも一因があると思います。「人間が一番偉いんだ!」と、宗教を机に向かった学問から入ると、価値観だけが暴走し 頭でっかちになるのです。そのため、意見の食い違いがおこり紛争に発展したりします。安易なことは言えませんが、今のテロ行為は こう言ったことが根源にあるのだと思います。信仰というものを、理論や効率性で片付けようとする社会ほど恐ろしいものはありません。現代こそ 日本文化の根源、仏教と神道を包み込む心・・・ ” 日本の幸福感(おおらかさ) ” が求められてる時代だと存じます。合掌

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