月別アーカイブ: 2月 2016

煩悩即菩提(ぼんのう そく ぼだい)

本日2月15日は、お釈迦さまが亡くなられた「涅槃(ねはん)」の日です。語源は「ニルバーナ」で「吹き消す」の意味です。つまり ” 煩悩を吹き消した状態 = 完全な悟り ” を表します。では なぜ「涅槃」は ” 死 ” を意味するのでしょうか。それは 人間界でお悟りになったお釈迦さまでしたが、諸行無常のこの世には 永遠に留まることはできません。そこで目的を果たされた後、本来おいでになるべき次元へ還られた。つまり、生身の身体を脱ぎ捨てられたので、煩悩が完全に無くなった・・・このことから「涅槃 = 死 = 完全な悟り」 の方程式ができています。 しかし、一般人が涅槃とはいきません。死ねば皆、仏になるというのは間違っています。凡夫には 「煩悩即菩提」(煩悩=悟りの種)という言葉があるように、煩悩の火を吹き消すことは 極めて難しいです。つまり、いかに煩悩と うまく付き合うかがポイントとなります。そこでよくあげられるのが 蓮の譬え です。仏教の花である蓮は、泥の中に根を下ろして 水面に綺麗な花を咲かせますが、 汚い泥は人間の煩悩を表します。蓮の花は泥が深ければ深いほど、大きく綺麗な花を咲かせます。つまり、自分は業が深い 煩悩だらけだと悲観する事はなく、この苦しみがあるからこそ、大きく綺麗な 魂の花を咲かせることができると考えるのです。これが念仏思想の根本です。煩悩を否定せず、幸福のためには その身そのまま…自分の時間を持ちたいものです。実際、お釈迦さまも法然上人も お一人の時間を大切になされていました。 精神科医・斎藤 茂太氏のお言葉です。 1日24時間を「人のため」だけに使わない。ストレス解消のためにも、ひとりになれる時間を大切にしてもらいたい。そのために趣味を持つのもよい。散歩の習慣をつくるのもいいだろう。「自分のため」に使う時間を持ってもらいたいのだ。24時間、毎日毎日「人のため」では、あげくには自分という人間が壊れてしまう。競走馬のサラブレッドは、夏場は北海道の広い牧場に解放され、好き勝手な時間を過ごす。そういう休養の時間がなければ、人のために走ることはできないのだ。(『「ちょっとした言い方」が上手い人下手な人』新講社) これは怠惰のススメではありません。この世は 煩悩によって成り立っています。いわゆる、目的を持った「煩悩即菩提」が大切ではないでしょうか。世のため人のためにも、自分の時間をしっかりと持ちましょう。自分が幸福でないのに、人に幸せを伝えることは出来ないと思います。” 欲 ” を活用するのです。その目的を仏教が教えてくれるのです。涅槃の日に煩悩について考えてみました。合掌

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バカボンのパパなのだ~

本日は「立春」。暦の上では春となりました。私事ですが、先日41歳の誕生日を迎えました。去年、30代から40代に入った頃は 感慨深いものがありましたが、今年はすんなり…といった感じです(笑)。昭和生まれの私には、” 41歳 ” と聞くと 赤塚不二夫氏のテレビアニメ『元祖天才バカボン』のエンディングテーマ曲を思い出します。「♪41歳の春だから~」・・・バカボンのパパと同じ年齢になったんですね・・・やはり感慨深いです・・・(汗)。 このアニメは 仏教思想が背景として描かれてるのはご存じでしょうか。まず「バカボン」とは「薄伽梵(バガボン)」= ” 覚れる者 ” という意味で、お釈迦さまを指します。また バカボンのパパは、出産と同時に歩行して「天上天下唯我独尊」と叫んだといいますが、これも お釈迦さまご誕生の伝説と同じです。そして、有名なバカボンのパパの言葉「これでいいのだ」は “ あるがまま ” を表し 、ありのままを受け入れる という悟りの境地なのです。さらに「レレレのおじさん」についても、実際にお釈迦様の弟子である「周利槃徳(シュリハンドク)」がモデルになっていて、徹底した掃除により 心の垢を落とした阿羅漢を示します。まだまだあります。「タリラ~リララ~ン」は、チベットのターラ菩薩の真言でもあると言われていたり、バカボンの弟である天才「はじめちゃん」は東京大学名誉教授でインド哲学・仏教学者であられた中村元(はじめ)氏から名づけられたとか。そう思うと、なんとも深い仏教的なマンガなのです。 平成20年8月2日にお亡くなりになった 赤塚不二夫氏の葬儀で、タモリ氏が 白紙の弔辞の中で、故人を次のように称えています。 「あなたの考えは、すべての出来事、存在をあるがままに、前向きに肯定し、受け入れることです。それによって人間は重苦しい陰の世界から解放され、軽やかになり、また時間は前後関係を断ち放たれて、その時その場が異様に明るく感じられます。この考えをあなたは見事に一言で言い表しています。すなわち ” これでいいのだ ” と」。 昨年は ” 不惑の年 ” となったはずでしたが、色々な出来事に翻弄された一年でした。今年は、ありののままを「これでいいのだ!」と言えるよう、バカボンのパパに少しでも近づければと存じます。合掌

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