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和楽な暮らし

本日、志村ふくみ先生が「第30回京都賞」を受賞されました。つい先日、ふくみ先生と洋子先生に自宅に招かれ、食事をご一緒させていただいたばかりですので、嬉しい気持ちでいっぱいです。 ふくみ先生は染色家の第一人者で、人間国宝であられます。志村家は嵯峨にある奉職寺院のお檀家さまで、また同じ近江八幡が出身というご縁で可愛がって下さってます。昨年の米寿を祝う会でも琵琶説教のご依頼をいただき、お祝いをさせていただきました。今回は完全なプライベートでしたので、私も袈裟衣を脱ぎ、3人でお酒を酌み交わしながら、楽しい時間を過ごさせていただきました。仏教と色の話、これからのお寺のあり方、宗教と芸術の融合、万物の成仏を祈るべし、百聞は一見に如かず、身銭を切る大切さ・・・等々、一冊の本になるようなお言葉を頂戴しました。 最後にお話しいただいたのは、昨年開校された「アルスシムラ」の ” 魂の教育 ” でした。今の日本人は、未来への閉塞感から 本質を見失っている。その方向性の一助となればという思いから学校を開かれたのだそうです。本来 宗教がすべきことを、身を投じてしてくださってるお姿に頭が下がりました。染色に限らず、日本には色々な和の文化があり、それぞれに ” 命の叡智 ” が詰まっている。それに触れた時、驚きと憧れ、喜び湧き上がってくる。これからの日本人は 和の文化 から 物事の本質 を探求することが大切だとお話ししてくださいました。(これ以上のことは入校してからお聞きください!笑) 難しい理屈は抜きにして、やはり母国に親しむことが豊かな暮らしへの出発点だと思います。文化や芸術というと腰が引ける方に、私は ” 和楽な暮らし ” として、身近な和の実践 を推奨していますので、最後にご紹介します。ここからも、物事の本質が見えてくることと存じます。 【和楽な暮らし】 我々は、近代的な生活用品に囲まれた暮らしの中に、日本の伝統的な道具を取り入れ、文明と文化の調和がとれた暮らしの実践をしよう。 現在、日本人は実の多くの便利なものに囲まれて暮らしている。車、地下鉄、新幹線。テレビ、コンビニ、インターネット。ファミコン、パソコン、カーエアコン…このような文明的な暮らしを否定する気は毛頭ない。しかし、戦後、とりわけ高度経済成長以後の日本人の暮らしは、過度に文明至上主義に偏重し、近代化(個人化、効率化、高速化、巨大化)した。その結果、経済を抜きにした精神的連帯や、自然や生命の持つリアリティの喜びを暮らしの中で感じられなくなり、かえって無機質的なものになってしまった。日本人が文明的な生活を目指すばかりに、真に豊かな暮らしを考えることを怠ってきたからだ。 我々は、豊かな暮らしとは便利で合理的な「文明」と、特殊で非合理的な「文化」の調和により生まれると考える。かつて(明治から戦前にかけて)の先人たちには日本の文明化に対し、「和魂洋才」の精神で日本文化との融合をはかろうという気概があった。その先人たちのたゆまない努力に感謝し、またその精神を受け継ぐ覚悟をせねばならない。我々は新しく「七和三洋」というスローガンのもとに、文明と文化の調和のとれた真の豊かな暮らし、「和楽な暮らし」の構築をめざし、和楽の目的を達したい。 では和楽な暮らしとはどういうことか。答えは明快である。伝統的で民族的な生活道具「和の生活道具」を各々の暮らしの中で使うことである。つまり、近代的な生活用品を「和の道具」にすり替え、切り替えることによって、「和楽な暮らし」をつくり上げることができる。和の道具とは、単なる暮らしの構成要素だけではなく、自然の素材の活かし方、用途の転用性といった日本人のシンプルなライフスタイルの思想、知恵を具現化したものでもある。 我々はそのような和の道具を「使う」ことによって、いろいろなことに気づくであろう。そういった「経験・体験」に基づく発見こそが、本当の意味での「知識・知恵」として日本の文化を理解し、受け継ぐことつながる。その実現のために、我々は具体的な三つの方策で望む。 一つ目は感覚、感性の名の下にあいまいにされてきた和の道具を、素材、形態、用途、思想などの観点からドラスティックに探求することである。二つ目は和の道具が伝統的工芸品、古美術となっている現状から解放することである。三つ目は和の道具が暮らしを楽しく、そして豊かにする道具であることを啓蒙していくことである。 環境問題に関心のある者。老人福祉の道を志す者。お金より精神的満足を求める者。そして日本文化に興味のある者。これら「これから日本人」は和の道具を単なる骨董品や古いものとしての対象とする視点を排して、民族的な生活道具として取り戻そう! 暮らしの中にある近代的な工業製品を少しずつ民族的な生活道具に切り替えよう! そして文明と文化の調和のとれた暮らしが一つの形態となるよう、「和楽な暮らし」をともに希求し、想像し、実践しよう! (「和楽宣言」より) ※明日は、京都・東寺(教王護国寺)の「弘法市」です。空海さまのご命日である21日は、毎月 1200ほどの露店が立ち並び、約20万人の参拝があるそうです。こういった縁日に詣るのも、和の文化に触れる絶好の機会だと思います。合掌

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宮城県 石巻への慰問

先日5月31日、6月1日と宮城県は石巻に行ってきました。西願寺で震災被災者の骨仏供養をしているご縁で 慰問のご依頼をいただいたのです。現地では、東日本大震災の大津波で全校児童108人のうち74人の児童が死亡・行方不明となった大川小学校跡で祈りを捧げ、仮設住宅や被災者宅での琵琶説教。夜は現地の皆様との懇談等々、短い時間でしたが、皆様のあたたかいお心遣いで、貴重な体験をさせていただきました。 現地の方々は、当然  様々な感情はおありですが、それを静かに受け入れ、前向きに転ずる心をお持ちでした。いらぬ欲を捨て、今できることを淡々とされてるように見えます。環境を嘆くのでなく、” 自らの心 ” で境涯を作ってらっしゃるのです。語弊を恐れずに言えば、快適さばかりを求めている欲まみれの者より、よっぽど幸せな方々に見えました。皆さん、それほど毅然とした美しいお姿でした。 日本初のヨーガ行者、中村天風氏のお言葉です。 「地獄をつくるのも、天国をつくるのも、人の心である。心は我々に悲劇と喜劇を感じさせる秘密の玉手箱である。忘れてならないのは ” 喜びを感じるから感謝をするのではなく、まず感謝をすると、同時に喜びが生まれてくる ” これが理屈を越えた真理である。これさえ分かれば、たとえ身に病があろうが運命に非なるものがあろうとその心で一切を感謝と歓喜に振りかえ、苦をなお楽しむ境涯に生きることができる。その時、幸福の楽園がおのずから現出してくる」 このお言葉の通りです。どんな現状であれ、ありのままを受け入れること。そのことができれば、あとは感謝しかありません。自らの心で ” 幸福の楽園 ” は作れるのです。NPO法人 りあすの森の皆様、熊谷産業の皆様、仏縁をいただいた現地の皆様に心より感謝申し上げます。今後も ますます交流していければと存じます。合掌 追伸:西願寺で募金いただいた浄財は現地にお渡しさせていただきました。回向の力で有縁の方々が幸福になることをお祈りします。九拝      

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