月別アーカイブ: 11月 2017

地獄と極楽

先日、蔵掃除をしてると懐かしい本が出てきました。『地獄と極楽』という絵本です。幼い頃、食い入るようにこの本を見て、自然と「勧善懲悪」を学んだ気がします。 今、子供のしつけに地獄の絵本が流行っているようです。何でも合理的に、目に見えるものだけを信じる現代社会に 歪みが出ているのかも知れません。思わず目を背けたくなる地獄の光景が生々しく描かれて、幼い子にとっては衝撃的な絵本だと思います。地獄に落ちるぞ!と突き放すのではなく、良いことをするあなたを親や先祖は見守っているよ♪と、コミュニケーションをとりながら 親子で読めれば最高の一冊だと思います。 印象的な場面に「1メートルの長い箸でうどんを食べる話」があります。 地獄にも極楽にも 真ん中に大きな釜があり、美味しいうどんが煮えているというのです。ただし、その食べ方は 1メートルの長い箸で食べなければならないのです。つまり、釜の大きさも、釜を囲んでいる人数も一緒で、そこにいる人の心だけが違っている のです。地獄では 自分でうどんを掴み取り、自分の口に持って行こうとしますが、1メートルの箸なので 口まで届きません。反対側からは、こいつに食われてたまるかと奪い合う。結果的にうどんが飛び散ってしまい、誰もうどんを口に出来ないのです。一方 極楽では、みんなで分け合えるように、自分が箸で掴んだうどんを、反対側の人に食べさせてあげる。今度はあなたがどうぞと、今度は自分が食べさせてもらう。そうして全ての人がニコニコしながらうどんを食べるのです。欲を捨て「一たん止まる = 正」 … そして自他共の幸せを考えるのが極楽的な正しさです。当たり前の話ですが、みんなで助け合えば幸せになれるのです。 今年は、” 正しさ ” について考えさせられる年でした。地獄にいたら地獄の正しさ、極楽にいたら極楽の正しさがある … 先日ご紹介した良戒師の あたたかいお言葉を思い出します。「あの世には地獄も極楽もある。みんなが思っているほどの違いはない。外見上は地獄と極楽はまったく同じなんだよ。違っているのは、そこに住んでいる人の心だけ。地獄には自分のことしか考えない利己的な人が住んでおり、極楽には思いやりにあふれた利他の心を持っている人が住んでいるんだよ」 … まさに、その通りです。己の ” 正しさ ” にかこつけて、仲間や恩人を踏み台にし、自らの幸福のみを考える人は地獄的な発想です。幸い、我が西願寺では ますます団結を深め、明るく、和やかに事が進んでます。極楽の波動で 楽しく勤めていることを喜んでいます。西願寺バンザイです^^。合掌 追伸:最後に「ぬかに釘じじいの寝言のブログ」を紹介して終わります。  『天国』と『地獄』はどの様に違うのか。『天国』も『地獄』も、どちらもテーブルの上に ご馳走が同じように置いてある。そして、一人一人1メートルもある長いお箸を持たされているのであるが、様子が全然違う。 よく見ると、地獄の人は全員やせ衰えてガリガリである。一方、天国の人を見ると、全員ふくよかに肥えてニコニコしている。何が違うのか。もっと近づいて時間を掛けて、その様子を良く見てみると、原因がはっきり分かった。地獄の人は、その1メートルもある長いお箸で食べ物を挟んで自分の口へ入れようと必死で 足掻き もがき しているが、上手く食べられず落としてしまう。又 お箸で挟んでは自分の口へ持って行くが駄目。地獄の誰もがそれを繰り返しているが、食べる事が出来ない。しかし、諦めず止めない。 一方、天国の人たちを見ると、ご馳走を挟んでは自分の口でなく … 続きを読む

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母校訪問

昨日、佛教大学の学園祭(鷹陵祭)に招かれ、琵琶説教をしてきました。私の母校になります。平成10年の卒業ですので、大方 20年ぶりに寄せていただきました。 当時とは、全く違う雰囲気に驚きました。私が学んでいた校舎は駐車場になっており、お世話になった学生食堂の場所が礼拝堂に変わり … まさに諸行無常・・・浦島太郎の気分でした。考えたら、私が卒業した時に生まれた子達が 学生をしてる計算になります。よい意味での諸行無常・・・進歩がなければダメなわけです。 「七年後あなたは何歳になっていますか?」というお話です。 面白い会話が行われていた。十八歳の少女と、経験豊かな老人との対話である。老人は少女の人生の方向、特にどんな分野の職業を目指しているかについて尋ねた。少女は答えた。「そうですね、私は心理学者になりたいんですけど、そのためには長いこと勉強をしなければなりませんから、なったところで年を取りすぎているんじゃないかと心配なんです」賢明なる老人はしばらく黙って座っていた。それから微笑んで、こう聞いた。「お嬢さん、心理学者になるには何年かかるのですか?」「七年くらいです」と少女。「七年経つとあなたは何歳になっていますか?」「二十五歳です」それから老人はこう尋ねた。「心理学者にならなかったら、七年後あなたは何歳になっていますか?」当然ながら、少女の答えは同じだった。「二十五歳ですけど」(『あきらめなかった人々』 デニス・キンブロ 著 ナポレオン・ヒル 著 田中 孝顕 訳 きこ書房) 何かを成しえるのも、何者かになるのも、時間がかかるものです。しかし、何もしなくても時間は経過するということを忘れがちです。私も琵琶をしなければ、生涯 母校に行くことはなかったかもしれません。20年経てば 20歳年をとる。 人の評価なんて二の次です。そんなことを考えだしたら 何もできません。大切なのは、20年分成長しているかどうか。批評家は 20年間成長しないというリスクは、意外と見えていなかったりします。自分にできることをコツコツしていけばいいのです。 我々は20年後、何をしてるのでしょうか? 人によっては「もう死んでるよ」 と 乾いた笑いが聞こえてきそうですが、ならば それに伴う準備や信仰が必要だと思います。人生はアッという間だなぁ … と感じる今日この頃です。合掌

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