月別アーカイブ: 11月 2012

小雪

「小雪(しょうせつ)」になりました。これから雪がちらつくようになり、北風によって木の葉が散るようになります。現在、「二十四節気(にじゅうしせっき)」ごとにブログを更新してますが、暦を意識すると本当に季節を感じます。 この時期になると、子供の頃に母が読んでくれた絵本を思い出します。雪が降り始めると、決まって『白雪姫』を読んでくれました。あの頃も季節感がありましたね(笑)。久しぶりに読み返えすと、昔とは違った感想があり驚きました。私の記憶では、白雪姫は「魔女に騙された可哀そうな女性」という印象でしたが、実は彼女は「騙されたとも、毒リンゴを食べさせられたことも知らず、幸せになった女性」だと気付いたんです。なぜなら白雪姫は、リンゴを口にした途端、深い眠りに落ちたので、魔法使いの正体が意地悪な継母であることも、魔法のリンゴが毒リンゴだったことも知るよしもないからです。ただ白雪姫は、魔法使いのお婆さんに親切をして、夢を叶えただけでした。つまりこの物語は、「夢を信じ、素直な優しい心を持ち続ければ、毒リンゴも幸せのリンゴになる」ということを教えてくれます。言い換えれば「物事は受け取り方次第で、幸にも不幸にもなる」という教訓を訴えてるのだと思います。 もし白雪姫が現代に生まれていたら…おそらく、見知らぬ老女を家に招いて親切にすることはないでしょうし、初対面の方にリンゴをもらっても怖くて食べれないと思います。現代は「まず疑うことが正しい」という風潮があるからです。もちろん否定的に見ることで、被害を最小限に食い止る「想定内での幸せ」はつかめると思いますが、時には世の中を肯定的に見ることで、「感動的な幸せ」が訪れるのではないでしょうか。 信仰も同じです。はじめから仏を疑う人は、もとから加護を放棄する人です。縁すら繋がりません。白雪姫にとって「幸せのリンゴ」となり得たのは、彼女の心映えによるように、やはり、心の現れがその人の世界を作っていくものだと思います。それを正しく導くのが宗教の役割です。現代では共感を得にくい話というのは重々承知ですが…このような時代だからこそ、今、信仰の大切さが問われてると思います。大人になってから『白雪姫』を読み返し、こんなことを学びました。合掌

カテゴリー: 未分類 | コメントは受け付けていません。

立冬

「立冬(りっとう)」になりました。暦では、今日から冬に入ります。「立」には新しい季節になるという意味があり、これから「立春」の前日までが冬になります。 寒い時期になりましたが、お寺には変わらず信者さまが手を合わしに来られます。人間、色々な「心配事」がありますが、信仰心のある方は、いかにして人生を輝かすことが出来るかを真剣にお考えになる素晴らしい人々です。先日、将来に不安を持つ方にこんな法話をしました。 あるアメリカの大学が「心配事」の80%は起こらずに済んでいるという調査結果を発表しました。ということは、実際に起こる心配事は20%となります。しかし、その20%のうちの80%は、信仰心等を持って心の整理をし、準備さえ怠らなければ、大事に至る前に解決できるというのです。つまり、どうしようもない心配事は、全体のわずか4%ということになります。ここから学ぶことは、我々を悩ませるの96%は、ただの取り越し苦労(96・クロー)だといえます。そのように「人生は取り越し苦労(96)が大半なんだ!」と割り切ると(÷2)と、幸せ(48)になるのです。でも、もし心配事が出て来てしまったら?その時は「明らめる」のです。神仏が与えて下さった試練として、有り難く頂戴すればよいのです。その4%が我々を成長させる糧となるはずです。因みに、人間の前頭葉にある「成長ホルモン」の分泌率は、「心配事」と同じ4%だそうです。 こんな法話をしましたら、信者さまは心が軽くなったと笑顔でお帰りになりました。もちろん、人間の根本苦は「生老病死」であります。特に「死」は100%確実な未来です。これは、どうあがいても逃げられません。しかし、大半の「取り越し苦労」を取り去り、それを根本問題を解決する時間に充てられれば、もっと輝かしく生きられるのではないでしょうか。その救いは「お念仏」しかありません。冬はそうのようなことを考え、実践する修行の時季でもあります。合掌

カテゴリー: 未分類 | コメントは受け付けていません。