今年は彼岸が過ぎても暑い日が続きました。穏やかな気候が少なく、今は秋を通り越して冬が来そうな雰囲気です。
西願寺では20数年飼っている猫がいます。名前は ” びー ”(通称びーたん) 。今年、祖母の23回忌を勤めましたが、その頃から我が家に居ますので、金森家四代に渡り見守り続けているメス猫になります。
元々、西願寺は黒猫を飼っていました。その子はブラックのBを取っての びー だったんですが、晩年に行方不明になり、同時期に迷い込んできたのが今回の びーたん になります。この ” びー ” は美人(美猫?)だったことから、二代目の びー になりました。あれから20年あまり、、、、今では超後期高齢のお婆さんです(笑)
今夏は酷暑でしたが、お寺はクーラーをあまり付けません。びーたんは堂内の隅々の涼しい所を知り尽くしてますので、様々な所で涼んでいましたが、この暑さは老猫には堪えたんでしょう。盆明けくらいからプチ家出をして、ご近所の様々なお宅で可愛がってもらっていたみたいです。(お隣さんから「お寺の猫が遊びに来ています。心配しないで下さいね。エサを与えていいですか?」とお言葉をいただいてました)
おそらく、そのお宅では、お寺では出さないような高級ご飯を出して下さり、クーラーの効いた部屋で優しい声を掛けて下さってるのだと思います。びーたんは、ストレスフリーな生活をして、大好物のミルクが飲みたくなったら帰ってきて、また行きたい所に遊びに行く、、、なんて羨ましいんでしょう。人間でしたら、こんな恩知らずの行為は許されません(笑)。しかし、今回のびーたんの行動に ” 究極の幸せ ” を感じました。
そう考えると、とにかく人間世界は生きづらいものですね。夏目漱石がうまくこの世の中を喩えています。
「智に働けば角(かど)が立つ。
情に棹(さお)させば流される。
意地を通せば窮屈だ。
兎角(とかく)に人の世は住みにくい」
『草枕』
【世間の人とつきあうときには、
頭のいいところが見えすぎると嫌われる。
あまりにも情が深いとそれに流されてしまう。
また自分の意見を強く押し出すと、
衝突することも多く世間を狭くする。
人づきあいというのは、
智と情と意地のバランスを
上手にとらなければならず、
なかなか困難なことだ】
その点、野生動物の生き方はシンプルです。財産を持たず、最低限の欲望で、世間体も気にせず、本能のままに生きて、愚痴もこぼすことなく命を全うします・・・しかも、周りもこの生き方を受け入れているんですから・・・これぞ究極のあり方です。あと真理を学ぶことができたら悟りの境地です。
お釈迦さまは「人は一人で生まれ、一人で死ぬ」とお説き下さいました。この世に来た時が一人なら、去るのも一人という教えです。他者に依存しない、揺るぎのない自分を持つことが大切だということです。
この境地(空)を体得すれば、毎日が楽しんだろなー♪ と思います。例えるなら観音さまです。美意識が高く、年齢や性別が不詳、めちゃくちゃオシャレで、遊び心を悟りとし、微笑で悠々と教化されるお姿に強い憧れを持っています。
この夏、びーたん から、とらわれのない ” 究極の幸せ ” を学ばせていただきました。縁のある皆様に感謝です。合掌