憧れの師

今月4日、琵琶をご指導いただいてた先生が往生されました。所属の師匠ではなく、個人的にお願いしていたお方です。10年程前、琵琶の方向性に悩んでいた私は、先生の『耳なし芳一』のテープに感銘を受け、居ても立ってもおられず稽古場に押しかけたのが出逢いでした。所属の関係で 稽古は断り続けられましたが、連絡を取り合ううちに 心やすくなり、昨年8月から丸一年、ご指導いただけるようになったのです。先生は86才の女性でしたので、10年越しの恋愛成就といったところでしょうか(笑)。

一年前にお電話で、「 残された時間、私に教えられるものは教えておきたいんや」と、先生の方からご連絡をいただいたのです。まさかのお誘いに、職場から高速道路を使って2時間の長距離を喜んで向ったことを 昨日のように覚えています。一年間続けられたのは、芸もさることながら、聡明な、気品のある人間像に惹かれた部分も大きかったと思います。最後に伺ったのは7月31日。いつもと変わらない熱心な稽古でした。「 来月はお盆の行事があり、後半に伺えれば・・・ 」と日にちを決めず失礼しましたが、疲れもあり8月は休んでしまいました。そして、8月31日晩に 次回の稽古の約束をしたのが最期の会話で、翌日9月1日晩にお倒れになり 往生されたのです。今思えば、8月の稽古を休んだのが とても悔やまれます。

書家の 相田みつを氏が、次のような お言葉を述べてらっしゃいす。                                     「そのうち お金がたまったら そのうち 家でも建てたら そのうち 子供が手を放れたら                         そのうち 仕事が落ちついたら そのうち 時間のゆとりができたら そのうち・・・そのうち・・・そのうち・・・と できない理由を くりかしているうちに 結局は何もやらなかった 空しい人生の幕がおりて 頭の上に 淋しい墓標が立つ そのうちそのうち 日が暮れる いまきたこの道かえれない」

このお言葉が身に染みます。人は、そのうち・・・そのうち・・・そのうち・・・と「 できない理由 」をさがして怠惰の方向へ行きがちですが、まず「 できる可能性 」をさがすことが大切ではないでしょうか。今回のご縁は「 できる可能性 」を必死にさがした結果が、この一年に繋がったんだと確信します。急なお隠れで、今も心にポッカリ穴があいてますが、幸い 次の稽古を約束してのお別れでした。これには きっと意味があるはずです。次に逢うまでの課題を与えられたのだと思います。私の人生もいつまで続くかわかりませんが、もう「 できない理由 」を雄弁に語っている暇はありません。もっともっともっと研鑽を積んで、来世の極楽では「よう、稽古しゃはったな」と微笑んでいただけるよう精進します。先生は 私の ” 憧れの師 ” でした。ご指導いただいたことを噛みしめ、先生に少しでも近づけるように頑張ります。南無阿弥陀仏

 

本日、先生の中陰棚に お詣りすることができました。胸のつかえが取れた気持ちです。極楽浄土での再会をお約束しました。また会える・・・やはり、お念仏の教えはありがたいものです。

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