淡々と

今年最後のブログとなりそうです。一年間お付き合いありがとうございました。文才がないので恥ずかしい限りですが、「読んでるよ~」という励ましは嬉しいものです。どんな忙しい時期でも、月2回、コンスタントに記せたことだけは、自分で自分を褒めてやりたいと思います。

よく 特別なことがある時に 必要以上に頑張って、終われば ” 燃え尽き症候群 ” みたいになる方がいらっしゃいます。そのような 後先考えず進めていかれる方も 組織には必要ですが、住職という存在は 常に一定の力を出せるようにならねばと思っています。例えば永代供養で、ある年は一霊に2時間ほど回向をして、翌年は気乗りしないからやめる…なんてことがあれば嫌じゃないですか?(笑)。布施の額、参詣者人数、相性…そんなもので 力の入れ具合を変える昭憲を見たいでしょうか?(笑えません)。
「” 働く ” とは ” 傍(ハタ)の人を楽(ラク)させる ” ことである 」と修行時代に教えていただきました。その時の調子に合わせた熱量を 人に押しつけるのではなく、緩急や好不の波があっても、常に一定の力を出せるのが尊いことだと思います。ブログも 始めた時だけ頑張って、飽きたら何年も放置・・・よくあるパターンですが、そのようなところで信用が計れるのだと思います。

本日は クリスマスに因み、シスターの鈴木秀子さんのお言葉を拝借しましょう。 
「愛というのは、多くの場合、小さなことの積み重なりです。その人の気持ちを大事にしながら、気持ちを受け入れ、気持ちに添っていくこと。そうしながら、いちばんいい解決を目指して、解決につながる行動をとっていくというのが、ほんとうの愛の行為ではないでしょうか。愛というと「大好き」というような感情を伴うものと思うかも知れませんが、聖書には、「愛は感情とは関係なく、小さな行為で示されるものである」とあります。感情が生まれることが多いけれど、そうでない場合もたくさんあって、淡々と平凡なことをしていく中で、愛が通じ合うことがあるのです」(『「愛」は伝わっていますか』講談社)

日本に ” 愛 ” という概念が輸入された当時、 ” 親切 ” という言葉に訳されたそうです。好き嫌いや優劣という対立した感情の中にあるのが愛ではなく、淡々と平凡なことの中にある愛が誠であり、そっと寄り添うこと、話を聴くこと、想いを伝えること、信じること、微笑むこと・・・このような親切を大切にしたい思います。来年も淡々とブログが続けられればと存じます。では、よいお年を。合掌

住職は「倍返りお守り」に”初心にかえる”功徳を祈っています。

住職は「倍返りお守り」に”初心にカエル” 功徳を祈っています

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