伝統の精神

新年度となり、新たな環境で精進されてる方も多いことと存じます。奉職寺院にも新僧侶が2人 修行に来ました。なかなか優秀な人材ですが、この緊張感が永く続くことを願います。この時期にいつも思うのは、指導の難しさです。最近、体罰問題が大きく取り上げられていますが、かといって「どんな問題を起こしても排除されることはない」という安心感は、甘えを生じさせます。安住してあぐらをかけば、人間 そこでおしまいです。上に立つ者も、信念がなければ 指導が難しいのではないでしょうか。

その点、お寺の良さは「伝統」があるところです。「住職」というように、寺院に住んで 精神を守り続けてくださる存在は尊いものです。学校では、校長が同一校に5年以上勤務することはまずないようです。このことから、公立学校では着任した校長が長期展望に立って戦略を描くことが出来にくいと聞きます。生前、校長をしていた祖父は、問題さえ起こさなければ「論功行賞」として本人が望む学校に移動できる・・・これでは管理職の「事なかれ主義」や「隠蔽体質」が助長され、学校経営が守りの姿勢になり、積極的な「校風の継承」が出来なくなると嘆いていたことを思い出します。

こんな言葉があります。「一年先を思いては花を育て、十年先を思いては木を育て、百年先を思いては人を育てよ」

私達は、日々の安寧を当たり前のように考えますが、それらは歴史の積み重ねの恩恵であり、先人、先祖への感謝を忘れるべきではありません。自分だけが良ければ他がどうなろうと構わないという考え方では、安定し、秩序が保たれた豊かな社会を築くことはできません。それぞれが自己の責任を果たし、国や社会、他の人々のために自己犠牲を厭わない人材が多ければ多いほど、社会は豊かになります。

新年度に入り 新僧侶が入ってきましたが、「伝統の精神」を伝えられればと思っています。こちらも勉強です。合掌

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