教育勅語

最近、よく尋ねられることがあります。それは「宗教を抜きにして、人として誇れる生き方を教えてほしい」「時代に左右されない真っ当な生き方はないのか」という問いです。私に宗教を抜きにしてというのは失礼な話ですが(笑)、一般の方が 宗教の話をすると 変人扱いをされる・・・悲しいですが よくわかります(汗)。僧侶である私は、「どう生きるのか」ではなく「なぜ生きるのか」を説く立場ですが、現代社会には、それ以前の ”生き方の指針” がないのかもしれません。そう言う時は、やはり この国の原点(基本)に戻るべきではないでしょうか。

日本は 明治維新の後、近代の学校制度が始まりました。しかし、当時の学校では、人として「どう生きるべきか」ということについて学ぶ機会がなかったそうです。そのため、明治20年頃の学校の現場では「人としてどう生きるべきかについては、教師も生徒も向かうべき方向も分からず、あてもなく漂う船のように途方に暮れている」(能勢栄『徳育鎮定論』)状況でした。

そうした状況に、日本人らしい生き方の指針を確立し、実行することが期待される心の教育を、明治天皇から直接、国民に賜ったのが『教育勅語』でした。本文は315字からなり、大正生まれの祖父は暗記し、心の糧 としていたのを記憶しています。いらぬ解説は無用ですので、現代語訳をご紹介し、今回のブログとさせて頂きます。合掌

『教育勅語』(現代語訳)わたくし(明治天皇)は、わたくしたちの遠いご先祖様が、大きな夢や希望に燃え、どこにも負けないすばらしい国をつくろうと、この日本の国をおはじめになったものと考えます。その限りない理想のもとに、何億何兆というこれまでこの国に生きた先人たちは、自分一人のことよりも国の平和にとって大切な考え方を重んじてきました。そしていつの時代も変わらず心を合わせて努力し、今日に至るまで、人として美しい生き方を継承してきたことは、この日本の国のすぐれた国柄と言えます。このように一人ひとりが善く美しく生きることであり、品格のある国柄もまた、一人ひとりの生き方の結集であると言えます。

そこで国を挙げて、皆で次のことを心掛けていきましよう。子は親に孝養をつくし、兄弟、姉妹はたがいに力を合わせて助け合い、夫婦は仲むつまじく、友人はともに信じ合い、自分の言動をつつしみ、すべての人々に愛の手をさしのべ、学問を怠らず、仕事に専念し、教養を高め、人格をみがきましょう。さらに進んで、社会公共のために貢献し、また法律や、秩序を守ることは勿論のこと、国が大変な状況のときには、真心をささげて、その平和と安全のために奉仕しなければなりません。それが国民としてのつとめであり、私たち祖先が残された日本人としての生き方を、未来の子孫に伝えていくことにもなります。

このように日本人として歩むべき道は、祖先からのバトンとして、私たちが子孫に受け継いでいけなければなりません。そして、この教えは、昔も今も変わらぬ正しい道であり、また日本だけでなく、外国に行っても、人として決して間違いのない道です。わたくしもまた、国民の皆さんとともに、父祖の教えを胸に抱いて、立派な日本人となるように、心から願うものであります。

 

本日、10月30日(明治23年)は 丁度、『教育勅語』が施行された日であります。皆で「生き方の指針」を今一度 考えみましょう。再拝

カテゴリー: 未分類   パーマリンク