巳年の心構え

新年、明けましておめでとうございます。本年も宜しくお願いします。本年は令和7年。干支で言う所の巳年。いわゆる、ヘビ年ですね。

十二支を12ヶ月で表すと、子丑寅卯辰巳・・・今年は6番目の6月に当てはまります。季節で言うと梅雨時のイメージです。ですので、今年は 若木が恵みの雨で成木となり、力強く大空へと伸びていく相をあらわします。

これを蛇(巳)で現すと、ヘビは脱皮することから「再生・成長」を象徴しており、新しいものに生まれ変わる、物事の転機とすべき年とも言われます。 

因みに、前回の巳年、平成25年(2013)には何があったかというと、安倍政権が打ち出したアベノミクスが発動した年でした。蛇のように柔軟な金融政策、財政出動で「再生・成長」を強調されていました。

前々回の巳年、平成13年(2001)には、皇室の雅子様が 愛子様をご出産された年になります。その2年前に流産をなされましたので、まさしく「再生・成長」で国民に喜びをもたらしました。

前々々回の巳年、昭和64年・平成元年(1989)には時代が昭和から平成へと移った年になります。昭和天皇のご崩御で、平成という新しい時代の幕開けになりました。国民は喪に服す中で、日本の「再生・成長」を祈りました。

それ以前でも、大化の改新、平家の滅亡等、巳年というのは、蛇が脱皮して新しくなるように、日本社会も大きな変化や「再生・成長」する出来事が多く起こっています。つまり「困難を乗り越えて新たな段階に進む」というのが巳年の心構えになると存じます。

昨今は先の見えない時代ですが、我々も将来のために、脱皮(変革)すべき年。それに適した時期が、この巳年になります。その成果が、梅雨明けの「雨降って地固まる」の感覚ですね。

脱皮には痛み・苦しみを伴いますが、
次なるステップアップに欠かせない決意です。

皆様にとって、良い年でありますことを祈念して 正月の挨拶とさせていただきます。合掌

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八坂神社に御奉納

先日、八坂神社でご祈祷を受け、静かに牛頭天王の声に耳を傾けますと「思いを形に現してやるから、動いてみろ!」と低い声を感じました。

正直、どうしていいかわかりませんでしたが、その声に従って 神職さまに寄付の相談しましたら、木札へ名前を記してくれる運びとなりました。おそらく牛頭天王が動いてくれたのだと思います。

木札奉納の場所は、拝殿裏の厳島社(いつくしましゃ)の一画でした。

八坂神社境内の厳島社

市杵島比売命(いちきしまひめのみこと)は、
現在、弁才天と同一視される美の神です。

八坂神社の厳島社について色々調べてみました。この社は、鎌倉から南北朝時代の記録(『祇園社記』第六)にも残る 由緒正しい社です。中近世を通して「弁財天社」と称していたようようです。おそらく、本家(広島)の厳島社から弁財天の御魂を勧請され、この地に祀られたのだと推測します。

実は 今年の9月(彼岸中日)に、広島にある本家・厳島社の大願寺を参拝し、ご住職さまから直々にご真影を特別拝受したばかりだったんです!(驚)。

厳島社は日本三弁天(厳島、江ノ島、竹生島)と呼ばれ、琵琶法師にとって霊験あらたかな聖地なのです。念願が叶い、西願寺にも御霊を勧請させていただけたところでした。

安芸の宮島にある大願寺

西願寺の薬師堂に祀る「厳島弁才天真影」

実に、神々の間で私を守って下さってることを実感した出来事でした。八坂の牛頭天王は、信者を驚かすのが得意だと云われますが、「思いを形に現してやるから、動いてみろ!」という場所が厳島社だったことに驚いています。

本当に信仰と共に生きる悦びを噛み締めています。今年もありがとうございました。合掌

帰りに龍雲が出てくれました。
辰年の今年は、神様が色々なものを見せてくれました^ ^

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今宮神社にご奉納

京都の今宮神社にも 牛頭天王がいらっしゃいます。他社のように電流が走る感覚は一切ありません。とにかく「冷静で、上品なゴッチ」です。

この度、今宮神社の拝殿に提灯(ちょうちん)を献上するご縁に恵まれました。拝殿には62郷の提灯が掲げられてますが、令和元年から空きを待って、6年越しにようやく成就しました。他所の者が仲間入りをさせていただけるのは、本当に恐縮で有難い話です。

住職は、お賽銭(布施、寄付)を よく上げます。それだけの功徳があると知っているからです。しかし、お寺と神社では、お賽銭(布施、寄付)の意味が違い、使い分けています。

まず、基本的な事ですが
神社 → 神様
お寺 → 仏様

がいらっしゃる場所となります。

■神社でのお賽銭
神様に日頃の感謝の気持ちを伝えるために奉納するもので、「お礼」を込めて 神様にお納めするのです。

■お寺でのお賽銭
お賽銭は「お布施」の一種となります。布施とは「自分の財を施すこと」で、執着を解き放ち、徳を積ましていただきます。

ですので、
神社へのお賽銭 → 神様への感謝の意を示す
お寺へのお賽銭 → 仏様にお金を捧げ、執着を捨てる(霊格を上げる)という修行

つまり、お賽銭(布施、寄付)は「自分の願いを叶えてもらうため」に捧げるものではありません。感謝や敬いを捧げる行為です。何かを願うのでなく、感謝と敬いで業(カルマ)を厄祓いしてもらう感覚と言えばよいでしょうか

難しいと思われる方は、こう解釈して下さい。神社、お寺に共通して言えることは「○○になれるように頑張ります。 見守って下さい!」という ” お誓いごと ” としての心構えを持てばよいのです。

なかなか願いが叶わない方は、「お願いごと」ではなく「お誓いごと」で試してみて下さい。祈りの順序を変えるだけで、神仏と心が通じやすくなりますよ^ ^

住職は、提灯を献上するのだけに6年もかかりました。これは誓い続けた結果です。これは願いが叶っていなかったのではなく、今宮の牛頭天王が これだけの期間、修行を見守って下さった証だと認識しています。それが成就した今、感謝で心が満たされました。合掌

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遊蓮房円照上人(真の理解者)を求めて

住職が歴史上で逢いたい人物に、遊蓮房円照(ゆうれんぼう えんしょう)上人がいらっしゃいます。

この方は、法然上人に多大な影響を与えられた僧侶で、わずか2年の付き合いでしたが、生涯一の友(思い出)と讃えられた人物です。

※今回のブログでは 遊蓮房さまの詳細は割愛しますが、『京日記 花がたみ』で琵琶説教をまとめて下さってますので、転載させていただきます。月の真珠さま、いつもありがとうございます^ ^

http://oumi-saiganji.com/blog/wp-admin/post.php?post=16220&action=edit

今年は法然上人と遊蓮房さまが対面され、丁度850年目の節目となり、おふたりの琵琶物語を新しく制作しました。それを機に、遊蓮房さまが死の時を迎えたとされる北尾往生院(旧三鈷寺)を訪ねてきました。

先のブログでも触れましたが、43歳で比叡山を下られ 黒谷に草庵を築いた後、同じ善導流の念仏を修する遊蓮房さまを訪ねて この地域へ来られたのです。

北尾往生院(きたお おうじょういん)は山奥の遺跡です。京都西山の善峯寺(よしみねでら)の北門を出て、三鈷寺(さんこじ)から徒歩20分の山中にあります。

善峯寺の北門を出ると三鈷寺があります。

三鈷寺を右手に山道に入ります。

中間地点で「勅浄土西山派根本山」の碑が見えてきます。
ここまででも急な坂道で、結構キツイです(汗)

もう少し進むと「北尾往生院蹟へ→」の看板が見えてきます。
右手の坂を下りますが、ここからが荒れた道でした。

証空上人の「桂の樹」が見えてきたら すくそこです!

この場所で法然上人は遊蓮房さまの最期を看取られました。
その際、紫雲をたなびかせた阿弥陀様の来迎があったとあります。
この奇瑞で法然上人は念仏での救いを確信されました。

この地はその後、念仏道場として栄えましたが、三鈷寺は移転され、寂れた遺跡になっています。誰も人がいません。諸行無常を感じます、、、謹んでお念仏を唱え、法然上人と遊蓮房さまの琵琶歌を奉納しました。

新編した法然上人と遊蓮房円照上人の琵琶物語

法然上人は念仏を悟られ 法悦を得られましたが、唯一の理解者が遊蓮房さまでした。恐れながら、この気持ちはすごくわかります。み仏とは繋がっている悦びを感じていても、人間に理解を求める気持ちです。法然上人は人に対して あまり我を出されない方ですが、遊蓮房さまには人間らしい部分を見せて下さってます。

この参拝で、真の理解者について考えるようになりました。出会いは 決して運まかせではなく、主体的に強く念じて得られるものだと確信しました。その原点が信仰であり、感謝なのだと思います。合掌

南無阿弥陀仏
み仏さまはいらっしゃいます。

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お知らせ

先日、奉職寺院にて 東海テレビ「スイッチ!」の撮影があり、応対させていただきました。ナビゲーターは坂下千里子さんと高井一アナでした。

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関東の牛頭天王を訪ねて④ 須賀神社

2回目のご巡教(乗蓮寺さま)の翌日、関東の友人と栃木県小山にある須賀(すが)神社に参りました。これで関東で確認できる牛頭天王をすべて参拝したことになります。

神仏研究家の桜井識子さまによると、須賀神社の牛頭天王は、八坂神社の眷属から始まり、パワーをつけて神様になられたとあります。これから益々の御力をつけられる牛頭天王だと教えていただいています。

陽気な八坂ゴッチとは違い、真面目で物事を語らず、ジッと見つめてらっしゃる雰囲気でした。会話はできていません。

本殿の前には、牛の阿吽像が祀られてます。

本殿の神様は牛頭天王に間違いありません。

境内の摂社末社はあたたかい雰囲気でした。

門前に祀られる人懐っこいお稲荷さま
般若心経をあげた直後、大きな仕事の連絡をいただきました^ ^

本殿の裏手に祀られる摂社末社
西願寺の縁のある天神さまや聖徳太子らが祀られてました。

その日は 急な参拝にも関わらず、ご祈祷をしていただけました。宮司さまは、西願寺裏の天神さまでお世話になってる近江八幡の岡(おか)宮司の後輩に当たられる方でした。様々な縁を感じます。

今回は牛頭天王のお言葉が聴けなかったので、おみくじにメッセージを求めました。

すごいメッセージが記されてました!

良い結果を得られれば、自身の成長に繋がる。結果までの過程も大事だが、結果を出してこそ一人前と評価されるもの。
途中の過程で自身を評価することは、自己満足に過ぎない。結果にこそ、すべてが凝縮されているのだ。

ちょうど、藤本台下とのご巡教を大盛況に終えた直後でしたので、グッとくるものがありました。

現代は〝 結果にこだわるな!〝という風潮が強いです。しかし、この御神籤では〝 結果を出して一人前!!〝 〝 良くも悪くも結果こそすべて!!〝  と言って下さいました(感涙)。

神仏は見てござる・・・最高のお褒めの言葉をいただき、何もかもが認められた気がしました。

須賀神社のゴッチも、眷属(子分)から牛頭天王になられました。京都の八坂から、見知らぬ土地(栃木)に勧請され、相当な苦労と精進をなされたことと存じます。まさしく結果を出された神様の力強いお言葉でした。

これからも住職の真の理解者になって下さいませ。

以上、関東の牛頭天王を訪ねての旅でした。合掌

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関東の牛頭天王を訪ねて③ 素盞雄神社

乗蓮寺さま御巡教の前日、5月14日に東京は荒川区にある素盞雄(すさのお)神社に参拝してきました。もちろん、強力な牛頭天王がいらっしゃるとのことでの参拝です。

南千住駅を下りると、街ぐるみで信仰されてることがわかりました。こういった地域の神様は、力が強いです!

天王祭の旗が至るところに飾られてます。

本日は仏滅で神主さまがいらっしゃらないので、ご祈祷を受けることはできませんでした。しかし、この日は素盞雄神社にとって、とても力の強い日だったので詣りたかったのです。

縁起を拝見すると、平安時代の延暦14年(795)4月8日、塚の中の岩(瑞光石)が突如 光を放ち、二柱の神様が翁に姿を変えて現れたとあります。その岩のある場所が現在の素盞雄神社です。

今年は1230年の忌日で、光を放った日(新暦5月14日)に当たりました。大変ありがたい日にお詣りできました。

光を放ったとされる瑞光石

境内はとても力に満ち満ちていて気持ちよかったです。

社務所ではお願いをしていた祈祷札を用意して下さってました。

今回もゴッチの声が聴きたくて、おみくじを引きました。参拝前に良い神籤の予兆はあったのです!

東京駅で唯一空いていた大型コインロッカーが、
3の重ね吉数と、牛頭天王縁日の15(3315)でした!

ジャラジャラ〜っと 自信満々に神籤棒を引くと、数が50番、、、恐らく大吉ではありません、、、ゴッチに「大吉じゃないんですか〜??」っと尋ねると、「不満なら、もう一度引け!」

よ〜く振って、再度 神籤棒を引くと、また同じ50番、、、、(汗)。こんなことある?!

中吉でした。

待ち人来ず、音信あり とあります。これを読んだ瞬間、「今日は祈祷で会えなかったからのぅ〜」とユーモアに応えてくれるゴッチがいました(笑)。そして「今日はパワー最強の瑞光石を念入りに拝め!」と言ってくれました。

お神籤をよく読むと、
苔むせる 山の岩が根 千代へても 動かぬほどの 心ならまし
(心を決めて、色々と騒がず、迷わず、今までの事を勤めればよし。何事にも手を出してはいけません。常に控え目にして事をなさい)

今の課題を岩(瑞光石)にたとえて教えて下さって下さってるように思いました。

願望は「叶う」ではなく「ととのう」です。もう、叶えたいと祈る段階ではなく、叶ってるんだ(調えれば良い段階)と自信が付きました。あとは心に決めるだけだと教えていただきました。

ゴッチとそんなやり取りをしてますと、巫女さまが
「遠方から来ていただいたのに祈祷できずにすみません!」
と、わざわざ厄除け善哉を持って来て下さいました。
お心遣い、ありがとうございましたm(_ _)m

とても明るいゴッチに、楽しい参拝をさせていただきました。また詣りますね^ ^

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関東の牛頭天王を訪ねて② 竹寺

雲光院さまご巡教の翌日、関東の友人とともに、埼玉県飯能市にある竹寺に参りました。ここにも牛頭天王と縁があるようです。

神仏研究家の桜井識子さまによると、竹寺の牛頭天王は神社仕様の方と違い、お寺のオーラを持たれた牛頭天王だそうです。神社は物質界に力を発揮するのに対し、お寺は見えない世界に力を作用するとのこと。ですから、住職には馴染みのある雰囲気に感じました。

逢いたかった牛頭明王像と

本坊
この左手を登ると本殿に通じます。

本殿は平成11年に焼失をし、今建っているのは、平成15年に再建されたものとありました。桜井識子さまによると、焼失から再建するまでの間に牛頭天王はここを去ってしまったみたいです。現在の社殿内部には、牛頭天王の眷属がおられるとのことです。

ただ、本殿後方上空は牛頭天王の次元と繋がっているようです

本殿後方
上空に牛頭天王の凄い気を感じました!
前日の羽田ゴッチと同じ感覚の身震いがしました。

本殿前
再度、この本殿にご降臨いただくことをご祈祷しました。

願いが通じたらよいのですが、、、おみくじを引きました。

やはり、大吉 ♪
待ち人→来ます(キッパリ!!)
牛頭天王さま、、、、どこも行かず、
引き続き、竹寺をお護り下さいませ。

参拝後、本殿を下り 本坊まで戻ると、副住職さまが「同業者ですか?」と尋ねて下さいました(笑)。「はい!」と答えると、住職さままで出てこられて、色々お話を聴かせていただきました。

美味しい茶蕎麦をいただきました。

遠い場所でしたが、次回のご開帳(2033年)の際にはぜひ参りたいと思います。牛頭天王ご本体がお戻りいただくことを、西願寺の念持仏よりお祈りし続けます。合掌

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ご案内

今年は 西願寺をお開きになった豊臣秀次公の430回忌にあたります。
【文禄4年(1595年)7月15日28歳ご遷化】

その節目に 京都国立博物館で特集展示をされてますので、秀次公をお知りいただく機縁にして下されば幸甚です。

西願寺も今年で創建440年目に当たります。
住職も各所で秀次公の琵琶を語り、ご威徳を偲びたいと存じます。合掌

琵琶説教『秀次物語』の譜面

西願寺の七不思議④より

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関東の牛頭天王を訪ねて① 羽田神社

4月5月と東京のご巡教の随行を賜り、その前後日に関東の牛頭天王を4カ所、参拝をしてきました。これから4回に分けて日記を書きます。

今回は4月の雲光院さま前日に参拝した羽田神社を紹介します。4月20日、早めに東京入りし、品川駅から大鳥居駅を下車、徒歩10分の所にある羽田神社に参拝しました。

神仏研究家の桜井識子さまによると、 廣峯神社、八坂神社、今宮神社、津島神社と並ぶ、凄い力を持たれた牛頭天王がいらっしゃるとのこと。コロナ騒動の頃から、行きたくて仕方なかった神社に参拝できました。祈祷札だけは羽田神社から取り寄せ、ここ3年、西願寺にて念いを馳せていました。


桜井識子さまによると、羽田の牛頭天王は 願いの内容ではなく、気まぐれで願いを聞いて下さるとのこと、、、(汗)。宝くじを買う気持ちで、開き直ってご祈祷を受けました。

牛頭天王より
「今撮ってみよ。パワーを見せてやる!」と豪快な声が聴こえ、
何度か断りましたが、最後は恐れながら従いました。
祈祷が始まる前とはいえ、本来は絶対ダメな行動ですm(_ _)m

パワーで画像が揺れてます。わかりますか?

ご祈祷の最中、頸椎から電流が走る感覚がありました。もしや、、、これは、当たり!?と思い、早速おみくじを引くと、、、。

大吉です。やりました^ ^
その予兆はあったのです。参拝前に大鳥居駅近くでの昼食。定食屋での呼出番号が128。私の誕生日だったのです。この時から歓迎を感じてました ♪

今でも羽田のゴッチへ祈りをすると、身体に電流が走る思いがします。得も言われぬ悦を感じてます。今後も一緒に歩んでいただければ幸いです。合掌

ホテルの窓。スカイツリーをバックに。
ゴッチも気持ちよさそうです^ ^
絶対こういうの好きなはずです(笑)

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